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 星々に照らされたエイプリルの笑顔が、ふいに儚げな色を帯びる。




「こんな世界をおつくりになった神様も、時々忘れものをすることがあるのよね」




 とっくりとっくりと星々にワルツの音楽を提供するように揺れる波を見つめながら、呟く。




「チュチュちゃん。……もしね、わたしが忘れられちゃって、真っ暗闇の中一人、取り残されてしまったとしたら」





「そういうとき、神様にすら文句をいうことをいとわない」




 波の音と、夜行性の鳥の息遣い。それだけが支配する静かな空間の中。




「姉さまはそういう人だから」




 チュチュは友の声を聴く。




「怒られてから一日経つといつも思うの。心配かけちゃいけなかったなって」




 今零した言葉は、湖の中。


 落ちて永遠に消える。語り捨て。




 そんな感傷めいた想いがチュチュにエイプリルの手を握らせる。




「神様に忘れられちゃうことって、たまにはあるのかもしれない。でも」




 今は許される気がした。


 自分が、彼女の運命にほんの少し、干渉しても。


 


「それでもあたしたちにもできることはあるんじゃないかな」




 じっと見入ったエイプリルの目は、砂丘の砂のような色。


 控えめなようで、瑞々しいオアシスによく似合う、活気のある瞳。




「神様がエイプリルを忘れても、あたしは忘れない」


 


 なぜかこのとき、チュチュには確信があった。


 水面の星はすくえなくても。


 その清い水で喉を癒せるように。




「ぜったい」




「……チュチュちゃん――」




 エイプリルの表情が、なにかをこらえきれぬように歪み。




 地割れのようにボートがかしいだ。




「!?」


「なに、なんなの?」




 抗いがたい力で沖へ押し出される。


 数メートル先には滝つぼが迫っていた。




 これって。




「相当やばめ……?」




 状況を呟いている場合ではないことを悟り、チュチュは急いでオールを手にする。




「エイプリル、あらん限りの力で滝と逆方向に漕ぐから、手伝って!」




「無理よ。完全に進路をとられてる。もう間に合わない――」





 絶望にかられたその声に、チュチュが呆然としたとき。




 鋭い音と同時に、鉄の杭が、ボートの端にかけられた。


 杭は長いロープにつながっている。




 万事休す。


 今度こそその言葉が完全にチュチュの頭を支配する。




 ――このまま悪い人に捕まって、エイプリルと二人、どこか遠いところに売られちゃうんだ……。




 ――イメージだとどっかの鉱山とかで働かされるのかな。




 ――お姉ちゃん。




 ――さらわれゆく姉不幸をお許しください。


 ――さいごに、もう一度声、聞きたかったなぁ。


「チュチュちゃんっ!」








 ――あれ、幻覚で聞こえてきたよ。とうとうあたしもまずいな。ははは。










「リル!」








「!……姉さま」








 あれ?








「人さらいの顔が、お姉ちゃんに見える……?」




「なに言ってるの!――死ぬほど心配かけて、ほんっとにいけない子」








 姉の顔をした人さらいは、自らのボートにチュチュたちを引き寄せると、妹をぎゅっと抱きしめた。



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