⑬
森林の中浮かぶグラスミア湖。
そこに立った今、小さなボートが漕ぎ出された。
二人の少女の手によって。
「エイプリルのお姉さんに見つかったら酷いんじゃない?」
慣れない手つきでオールを漕ぎながらチュチュが言う。
「そうね。怒るとものすごく怖いわ」
そう返すエイプリルは言葉のわりに楽しげだ。
「座らされて、静かに延々とお説教されるの。夜読む聖書を二十ページ追加されて、反省と祈りのオンパレード」
「うわぁ」
聖書を二十ページ以上。
読書の苦手なチュチュには聞いているだけで目が回る話だ。
「そのへんはうちもいっしょかな。お姉ちゃん、ちょっと音楽学校の練習で遅くなったりして、連絡するの忘れるとめっちゃ怒るの」
オール係をエイプリルにかわってもらうと、腰に両手をあてて、チュチュは声音を変える。
「『チュチュちゃん、こんな遅くまでどこにいたの? 次やったら家に入れません』って」
我ながら怒っているときの姉のモノマネはうまいほうだと思う。
実際次があっても、怒った顔で必ずドアを開けてくれるのではあるが。
目を閉じ水面に揺られていると、目に浮かんでくるのは、なぜかティナの穏やかな笑顔だった。
チュチュはうっすらと目を開け、息を呑む。
「見て! エイプリル」
頭上には一面の星空が広がっていた。
まるで神が祝福の粉をちりばめたような光景にしばし、言葉を忘れる。
「すてき……。チュチュちゃん、こっちもよ!」
エイプリルが指し示すのは、天空の星々を写し取った水面。
神の創造物、という言葉がチュチュの頭に浮かぶ。