⑫
木陰の下に横たえ休ませてしばらくすると、エイプリルはようやく薄目を開けてくれる。
かすかな声をもらし身じろぎする彼女に、チュチュは声をかける。
「だいじょうぶ? 一分くらい呼んでも意識なかった。今すぐお姉さんを呼んでくるよ!」
努めてゆっくりとはきはき言おうとしたのだが、宥めなくてはいけない側のチュチュの声も震えてしまっている。
とにかく、非常事態だ。
それなのに、助けを呼ぼうとするチュチュに向かって、エイプリルは片手を伸ばす。
「ま……って。姉さまには、言わないで」
「え?」
途方に暮れるように、エイプリルは横たわったその視界に星々を映し出す。
夜空に向けて弱々しい吐息が吐き出される。
「わたしにはよく、わからないけれど。姉さまはいつも夜、出かけているの。きっと大事なお仕事だから。邪魔になりたくない。……チュチュちゃん。わかってくれる……?」
「――ねぇ」
すがるように伸ばされたか細いその腕に、チュチュはゆっくりと言を継いだ。
「エイプリルって、もしかして」
「――言わないで」
だが、倒れてから初めてエイプリルが出した凛とした声音に、またしても立ち止まってしまう。
「ここにいるあいだだけはそのことから、目を逸らしていたい。いずれ向き合わないといけなくなるわ。だから」
「……」
そして、頷いてしまう。
チュチュは今でも回想する。
このあとのエイプリルの誘いを退けられなかったのは、どうしてだったのか。
湖水地方のこの夜の風とかすかに湿った質感を思い出すたび、たぶん、と、チュチュは決まって思う。
「わかった。でも今日はもう部屋に戻ろう」
ゆっくりと首をふった彼女のその顔が。
「わたしなら、だいじょうぶよ」
「でも」
「チュチュちゃん、お願いがあるの」
張りつけた笑顔が――パズルのように今にもぱらぱらとはがれおちてしまいそうだったから。
「この湖をボートで一緒に漕ぎ出してくれない?」
旅先で出会った、人生のほんの刹那を同じくするだけだったけれど。
「星空の中をボートで滑って冒険するの。小さい頃姉さまに読んでもらった絵本に、グラスミア湖から見える星空が出てきて、憧れだったの。姉さまは夜風は身体に障るからそれはいけないって」
けれどチュチュは思っていた。
「今夜、一度だけ。ね?」
でき立ての友人のほんの一握りの望みに報いたいと。