⑩
湖上ホテル『アストレイア』一階のツインルームの夜。
「うーんうーん」
奥の文机でティナが調査結果をまとめた用紙を睨みつつ机上の推理に唸っている。
「今日一日ホテルを見回ってみたけど、怪しい人や場所なんてなかったわ。ミュージカリー・カップの取引。……いったいどこで行われているのかしら?」
ぶつぶつと呟かれる独り言を聞き流しながら、ベッドにうつぶせに寝転がって足をぱたぱたさせ、チュチュはスマホのダンス動画に夢中だ。
だがそこはやはり、耳が命のミュージカル女優の卵ということだろうか。
「やっぱり、ヒューに電話して知恵を借りたほうが……いえいえっ、それだけはぜったいだめよ!」
えんえんと続く姉のモノローグの中にあって、ベッドの際にある、庭に面した窓をこつんと叩く音を、チュチュは聞き逃さなかったのだ。
膝でベッドをよたよたと歩き、そっと窓の下を覗いてみると、そこには、おどけた笑顔を浮かべた、クリーム色の髪の少女――。
「エイプリ――!」
思わずその名を呼びそうになるチュチュを、しっと人差し指を口元にあてて遮ると、エイプリルは窓の外に身を乗り出すよう、チュチュに合図する。
従うと、絶妙な小声で彼女はこんなことを囁いた。
「ねぇ、姉さまたちに隠れて遊ばない?」
「ええっ。でも」
チュチュが上げそうになる抗議すらも、前もって、エイプリルはその愛らしいえくぼで制した。
「チーム・妹の冒険。肝試しよ。湖上ホテルを囲んでいる庭をわたしが案内するわ。昼間のお詫び。早く」
「うっ」
妹同士の冒険。それは……そそられる。
ちらと、チュチュは自慢の蜂蜜色の髪を無残にかき乱している姉を見やった。
「お姉ちゃん、ちょっとホテルのフロントでお水もらってこようか? 紅茶でも沸かして一息入れたら?」
つい――言葉が、出てしまった。
「助かるわー。ああ、知恵熱が出そう」
よし。
机を睨んだまま言う姉に少しだけ胸に痛みが走ったが、待っててとエイプリルに合図し、チュチュはまんまと部屋を滑り出た。