⑦
スコーンは口の中にもう欠片も残っていないのに。
チュチュはこくんと喉を鳴らす。
「チュチュちゃんの元気。もしそれが奪われることになったら」
「わたしは悪い魔女になってでも取り戻すわ。そのためなら舞台メイクじゃなく、エルファバのように全身が緑色になってもいい」
「……お姉ちゃん」
姉の背後にきらめく夕暮れ時の湖は、どこか謎めいた雰囲気がある。
船乗りを惑わす水の精霊が、ほんとうに訪れそうな黄昏時。
底なしの闇を内包し、だからこそ壮大な泉は燦然と輝く。
そのすべてを飲み下すように、チュチュは頷いた。
「あたしも! お姉ちゃんに悪さするやつがいたら、呪いかけてでも阻止する!」
「ありがとう」
そんな嬉しいこと言ってくれるならと、自分のスコーンを差し出す姉に、チュチュは語り掛ける。
「あのね、お姉ちゃん。お姉ちゃんのことそんなふうに思ってる人はきっと、ほかにも――」
「あら?」
だがそれは、隣のテーブルに視線を向けたティナの一声に遮られてしまった。
白いテーブルに備え付けられた、二脚の椅子。
その片方には、黒い金属に桃色の花や緑を模った飾りのついた髪飾りが置かれていた。
チュチュの意識もそこへ集約する。
さっきまで隣のテーブルでティータイムを楽しんでいたのはたしか、フリルをたくさんあしらった儚げな雰囲気でクリーム色の長い髪をしたおそらくはチュチュと同年代ほどの少女と、保護者と思われる路考茶色の髪をひっつめた、質素な紺色のドレスの、少女とは対照的に厳格な雰囲気の女性だった。
「さっきの人たち、丘の上のガーデンに向かってったよ。おねえちゃん、待ってて! 届けてくる」
「あっ、チュチュちゃん!」
瞬時に決断し、チュチュは弾丸のごとく駆け出して丘を登っていってしまう。
行動力があるのは美点だが、もう少し落ち着きを教えなくては。
苦笑しつつ、ティナは席を立ち上がった。