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 部屋で二十分ほどくつろいだあと、姉妹はホテルのアフタヌーンティーに参上していた。


 湖に面したホテルの広大な庭を使用したアウトサイド席でいただくのは、下段にブルーベリーとストロベリーのジャムサンド、中断に丸いスコーンとクッキー、上段にはシフォンとショコラのケーキ。


 メニュー表の華やかなイラストの隣に載っている値段には閉口したが、そこに注がれた妹の輝かしい視線に、ティナは抗うことができなかった。


 何食わぬ顔で、セットでついてきたダージリンを飲み干す。


 経費で落ちるだろう、たぶん。




 


「今、音楽学校ではなにを勉強しているの?」




 ティナの問いに、サンドイッチを頬張りながら、チュチュが答える。




「うんとねー。演技のお稽古で、『ウィキッド』のエルファバをやったんだー」




『ウィキッド』は、名作『オズの魔法使い』のもう一つの物語と言われるミュージカル。


 悪い魔女と善い魔女の友情と対立が描かれる。


 主人公のエルファバは緑の肌を持ち、悪い魔女として偉大な魔法使いと対立する役どころだ。





「苦戦してるの。難しい役だなって」


 考え込んだチュチュの口元の動きが、徐々にスローダウンする。


「おねえちゃんも現役女優時代演じたことあったよね?」


「そうね」




 ダージリンにチェリージャムを一匙落としたティナは、懐かしむように視線を湖に向けた。


 ロンドンを曇らせていた雨はこちらにはみじんもなく、さんさんと太陽の光が水面に降り注いでいる。




「演じた役の中である意味一番難しかったかも」




 悪い魔女に祭り上げられた身でありながら、ほんとうは信念を持つ役どころ。


 賛同の意を込めて、チュチュが頷く。




「だよねー。授業でも表現が足りないって先生にいつも注意されちゃってるんだ」




「ふふ。わたしも。監督に怒られて、稽古中泣き出すところだったわ」


「えーっ」




 サンドイッチを握りしめたチュチュが目を丸くする。


 丸めた目をそのままに身を乗り出した。




「どうやって役作りしたの?」




「そうね。……考えてみたの」




 ティナの碧の瞳が、湖の緑を映して色を深くする。




「エルファバが悪い魔女になったのはどうしてなのかなって」




「動物たちの言葉が奪われないように、国の権力者の魔法使いに立ち向かったから、だよね」


 チュチュの答えに、ティーセット越しにティナは微笑んだ。




「あらすじの把握としてはチュチュちゃんのそれが正解。だから、彼女は悪い魔女に仕立て上げられてしまったのよね」




 スコーンをナプキンの上に一度置いて、感覚から甘みを切り離し、チュチュは姉の言葉を反芻する。


 あらすじの把握としては正解。


 では、掴み切れていないものが、ほかにあるということだろうか。




「プロの女優として、お稽古に明け暮れていた日々。そうやって、ロンドンの一人暮らしのアパートで考えてるときに、メールの着信音がしたの」




 水鳥がどこからかやってきて、湖から魚を奪い、しぶきを上げて飛び去る。




「チュチュちゃんからのメールだった。『お姉ちゃん元気? あたしは元気だよ』って、最初の一文だけ読んで、ただそれだけで、頭の中の霧が一気に晴れて、すごくほっとして」




「そのとき、わかったの。わたしなら、どんな場合だったら、悪い魔女になってでもオズに立ち向かうか」

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