⑤
「もう。遊びじゃないのよ」
両手を腰に当てるティナに、ちっちっちと指をふり、チュチュが取り出したるメモ用紙には、こう書かれていた。
ティナへ 出張旅行上の留意点
・ホテル側には調査を悟られず、あくまで一般の観光客を装うこと。
・リゾート地とはいえ仕事であるから、不埒な輩に声をかけられても断じてデートなどしないように。
・僕がお供を頼んだので、チュチュくんを叱らないように。
げんなりと、ティナはメモ用紙を受け取った手を勢いよく下ろす。
最後の一行は大方チュチュが書かせたのだろう。
ちゃっかりしている。
「父さんと母さんがいるコッツウォルズも田舎町だったけど、こんなにおっきな湖なんてなかったよね!」
ステップを踏むごとくタッカと片足を鳴らして、チュチュがダダ上がり中のテンションを惜しみなく披露する。
「それだけじゃない。ホテルには豪華なご飯や湖に面したお風呂もあるって! お姉ちゃんと旅行なんてすっごい久しぶりだもん! 嬉しいなぁ」
「――」
無邪気にころころと微笑んでぴたりと身を寄せてくる妹を見ると、だから遊びじゃない、という台詞も喉の奥へと通り過ぎてしまう。
「やれやれ、ね。――いい子にしてるのよ」
こういうとき妹は得だと思う。
姉の彼女は結局了承し、小言を飲み下してしまう。
ティナはチュチュの背を押し、エレベーターへと向かった。
――だが、新鮮な空気の固まりが通っていったその喉越しは、決して悪くはない。
不本意ながら微笑むティナと、ぴょこぴょこと跳ねて喜びを表現するチュチュ。
そのほんの数メートルさきの、柱の前で。
路考茶色の髪をまとめた女性が眼鏡越しにじっと見つめていた。