③
――え?
「ちょっと、お客様! 困ります!」
老婆は驚くほど勝達な足取りでらせん階段を二段飛ばしで駆けあがると、スーツの男性の肩を叩く。
「ほれ! 兄ちゃん! これ!」
しわがれてはいるがよくとおる声で言い、書類を差し出す。
「はい? ……ええ?」
振り向いた男性の眼鏡は驚きのあまりずれこんでいる。
「大事なもんは忘れちゃいかんよ。あんた」
「はぁ。あの、どうも」
老婆に追いついたホテルマンの人々が何度も頭を下げる。
丈夫なおばあさんだ。
ティナは瞠目した。
同じくぱちくりと目をまたたかせて階上の様子を見上げると、咳払いし、受付の男性は告げた。
「え、えぇと、失礼いたしました。……それで、チェルシー様がご予約されたのは、ツインのお部屋になっているのですが、お間違いありませんか?」
「え?」
二人部屋?
おかしいわね。
音楽魔法具というファンタジックな謎を解きにやってきて早々、こんな日常的な謎に遭遇するとは。
小首を傾げたとき、ホテルマンに付き添われながら階段を下ってきた老婆がにわかにくるりと一回転した。均整のとれた、手足の先まで計算された回転。それは舞台人のもの。洗練された、プロの舞い。
小柄な老婆がフードを取り去る。
「はーい! 間違いないです!」
そこに現れたのは、茶色の髪をおだんごにした、最愛の少女。
「チュチュちゃん! あなた――」
ティナの妹のチュチュは、嬉しさを噛み締めるようににいっと歯を見せる。
「お姉ちゃんを騙せるなんて、あたしも演技と表現の実力上がったかも!」
騙された手前、頭ごなしにも叱れず、ぐっと落とした声で、ティナはどうにか言った。
「説明して。いったいどういうこと?」
――そう。
先刻、ヒューの執務机の下から這い出たのはこのチュチュだったのだ。