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 ロンドンのユーストン駅からスコットランド行きの列車に乗り揺られること三時間。


 オクセンホルム駅でローカル線に乗り換え三十分。


 湖水地方のウィンダミア駅から徒歩数十分。


 森の中姿を見せたのは、水上に浮かぶ屋敷のようなホテルだった。


 写真で見た通りの、ストレートグレイの石作り。白い縁取りがしてある三角屋根が連なる三階建て。


 正面には巨大なグラスミア湖を構え、西に小高い丘があり、休憩用に整備されているようだ。




 ホテル『アストレイア』の吹き抜けのロビーにティナが降り立ったとき、時刻は午後四時を過ぎていた。





 吹き抜けになっている広いロビー。そこここに上等なソファが置いてある。


 正面にカウンター、隣にらせん階段があり、絵画が飾られている二階の廊下がここからも見渡せる。




 ソファではぬいぐるみを抱えたクリーム色の髪の少女。フリルをたっぷりあしらったフランス人形のようないで立ちをしている。


 傍らで路紅茶色の髪に眼鏡をかけた厳格そうな女性が見守るようにくつろいでいる。


 母娘にしては、年齢が近いだろうか。


 見るともなう視線を巡らせたティナは思う。対照的な組み合わせだと。




 向かい側のソファではビジネスマンらしき男性が書類の束をいくつか見比べている。





 列に並んでチェックインの順番待ちをしていると、よたよたと小柄な老婆が後ろについた。


 フードを目深にかぶっており、どことなくいにしえから生きる魔女のような風貌だ。


 だが無論、老いに抗う魔力は使えないらしく、立っているのも辛そうな感じだ。


 長いローブからかすかに覗くかぼそい足は震えが目立つ。




 自分の順番が来たとき、ティナは彼女に声をかけた。




「よろしければ、さきにどうぞ」





「ああやぁ、若い人、どうぞお気になさらず」




 魔女どころか気立てのいいしわがれ声で、老女は手をふる。




「このおいぼれは、ゆっくりやるのが好きだもんでぇ」


「そうですか……?」


「ええええ、ほんとにもう、だいじょうぶですから」


 


 耳が遠いのかやや声が大きいところも、なんだか心配になるのだが。


 あまり勧めるのもかえって押しつけがましいだろうか。


 手早く自分のチェックインを済ませてあげたほうがいいかも、と切り替えたティナは軽く目礼すると、カウンターに向かう。




「先ほどお電話で予約したティナ・チェルシーです」




 フロントでスーツ姿の男性は、眼鏡の奥の瞳を怪訝そうにすがめた。


「予約、とれてなかったかしら?」


 だとしたらヒューに電話を入れて、詫びを入れさせほかのホテルを手配させるのみだが。


「いえ、ただ……」


 戸惑う男性の元へ、新入りらしい若きホテルマンがやや緊迫した表情で告げる。


「すみませんチーフ、これ」


「ん?」


「ロビーに置いてありました。忘れ物です」


 若いホテルマンが差し出したのは、書類の束だった。


 即座にティナは口添えする。


「それだったら、さっきまで隅のソファにいらした方だと思います」


 あのビジネスマン風の男性に違いない。


 急いでティナはあたりを見渡した。


「もうお部屋に戻ってしまったかしら」


 ソファの周辺、エントランス、そして階段。


 ――あ。


 らせん階段を上ったさき。二階の廊下に、黒いスーツ姿が歩いている。


「あそこ。あの人ですわ」


 ティナが上を指出した、刹那。





 すぐ後ろで休んでいた老婆が書類をかすめとった。

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