第2幕 湖上ホテルの宝物部屋 ①
「出張?」
どこか寂しげな霧雨の降る六月のはじめ。
『音楽魔法具店』の執務机の前で、ティナは小首を傾げた。
「ああ」
新聞と書類を交互に眺めていたヒューが穏やかに首肯する。
「グラスミア湖に浮かんでいる水上ホテルで、ミュージカリー・カップが取引されているという話がある」
「その調査を、わたしが?」
目の前に広げた新聞と同時にその右眉の端を下げ、ヒューは苦笑した。
「きみを一人で行かせるのは気が咎めるがね。僕はあいにく別件が入っている。それも、外せない案件だ」
ティナは無言で、ヒューの手元の新聞を見やる。
写真に写っているのは美しい湖の中に立つストレートグレイの木造ホテル。
そこで、ミュージカリー・カップが何者かによって売られているとなれば――。
「ほんとうであれば無視できない。孤独な女性の旅に寄り添うことができなくて申し訳ないが、引き受けてくれるだろうか?」
あくまで下手に出る彼にティナは――すっと口元で笑みを描いた。
「もちろんよ。仕事だもの。すぐに出発するわ」
準備にとりかかろうとする有能な助手にドアを開けてやるために立ち上がりながら、ヒューは言葉を継ぐ。
「助かるよ。ホテルの予約はとっておくから」
ドアを開け、半ば抱き込むような体勢になったところで、その半面はキメ顔をつくる。
「心はいつでも、きみとともにあるからね」
「心は結構。交通費だけしっかりつけてちょうだいね」
にっこり微笑みとともに別れの挨拶代わりを告げられ、エクスプレスが顔面に通った直後のような凍りついた笑顔のヒュー。
そのまま、彼は振り返った。
「さて、窮屈な想いをさせてすまかなったね。もう出てきていいよ」
その言葉とともに、くるりと執務机の下から人影が這い出した。