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「レインくん。きみは自分が出演する公演の前には必ず舞台を下見に行くそうだね」




 レインの両手がぎゅっとシーツを掴む。




「チュチュくんのバロタン・ボックスがなくなった当日、きみはハイド・パークにいた。違うかい?」




 目を閉じ、レインはかすかに頷いた。


 ティナとチュチュが碧と赤茶色の瞳をまたたかせる。




「ハイド・パークの出張演奏会の下見にきていたレインくんは、スコットがコレクションボックス代わりにしていた大木の根元まで運んでいくのを偶然目にした」




「義理堅い彼は追いかけて取り戻そうとしたが、スコットは途中で最悪な場所に落としてしまった――サーペンタイン池の中に」





 ティナの目がまたたきながら、思考を追う。


 バロタン・ボックスの音割れはやはり水濡れによるものだったのだ。





「レインくんは我を忘れて、池に飛び込んで渡り、バロタン・ボックスを取り戻した。石畳の舗装道路ではつかない、赤土にまみれた運動靴はその証拠だよ。すっかり風邪をひいてしまった彼はその身をひきずって、チュチュくんのアパートの窓辺からそれを返した」




「なんでそんな方法で……?」




 今だ半信半疑の色を隠せず、チュチュが呆然と呟く。





 レインはまだ、口元をきつく結んだままだ。




「わざわざそんな返し方をしたのは知られたくなかったからだ。舞台俳優志望の自分が、本番前に川に飛び込むという愚行を犯したことを」





 チュチュの胡桃色の瞳が、陽光を反射して、マンダリンオレンジにきらめく。




 愛すべき小動物にするように、ヒューは軽やかな手つきでバロタン・ボックスを撫でる。




「よってこれはただのバロタン・ボックス。邪悪な魔力などかけらもない」




「レイン、ほんとうなの?」


「……」




 彼の一つの首肯が、この場にいる者たちから口を挟む余地を奪う。




 最後の疑念を、ティナが投じた。




「『フォルマシオンデイズ』のオルゴールが人々の才能を引き出しているように見えたのは?」




 バロタン・ボックスを慈しむのをやめないままに、ヒューはつけ加える。




「オルゴールには音楽療法の力がある。不眠や 緩和など、具体的な効果も確認されている。そんなふうに見えたとしても、それは自然なことではないかな」




 へなへなと、小さな影がその場に座り込む――チュチュだ。





「レインの才能が、奪われたわけじゃなかったんだね。ちゃんと休めば、元どおりになるんだ……」




 さっと顔を赤らめて、レインは顔を背けた。




「ばーか。あったりまえだろ。はやとちりネズミ」




 いつもなら反論に出るチュチュは、黙っている。





「レイン。……ありがとう」

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