㉛
チュチュがアパートの窓辺に置いていたバロタン・ボックスが一日だけなくなり、戻ってきた。
ティナはこくりと唾を呑む。
目の前にはベッドに横たわるレイン。
入り口には走り込んできたチュチュ。
そして、窓辺にたたずむヒュー。
その謎が今、パーヴェル音楽学校学生寮の一室で、明かされる。
ふっと微笑むと、ヒューは懐から件の品を取り出し依頼人のチュチュに向き直る。
「かすかについていたジューン・ベルの香りが教えてくれた。このバロタン・ボックスは緑の公園の中を旅したと」
「バロタン・ボックスを盗んだ犯人は、アパートから数メートル離れた公園で仕事をしているペリカンくんだったんだ」
ティナがかすかに息を呑む。
「天敵の音と同じ低い音を日常的に訊くことでストレスを感じていた彼は、オルゴールの音を好んで、『フォルマシオンデイズ』からも失敬してきていた」
ティナは思わず、ヒューの方へ上体を傾ける。
「でも。でも」
それはあくまで傾向の話だ。推測に過ぎない。
「盗んだのがスコットだとする証拠はあるの? ルーカスさんもこのバロタン・ボックスには見覚えがなかったようだし」
軽やかなしぐさでタキシードの胸元に手をやると、ヒューは二枚の羽を取り出す。
「きみたちのアパートをお邪魔したとき、これが何枚かチュチュくんの部屋の窓の外に落ちていた」
それは黒と白の羽。
「そ、それにしたって!」
両手を大きく広げて次に反論を試みたのはチュチュだ。
「バロタン・ボックスがすぐに部屋に戻っていたのだって変だよ。そのペリカンさんが戻したっていうの?」
ヒューは笑みを崩さず、心持ち身体を傾ける。
「盗んだスコットがどこかでそれを落としてしまっていたらどうかな。つまり、盗んだ者と戻した人物とは別だったんだ」
ベッドの上で、止み上がりの身体がかすかに身じろぎする音がした。