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寮の個室のベッドに、レインは一人休んでいた。
小さなキッチンスぺースには、使ったあとの食器が二、三さら流しに浸かっている。
部屋の片隅に泥にまみれ濡れた運動靴が無左座に置かれているのも気になる。
「風邪なのに一人きりなんて、不安だったでしょう」
台所を拝借してつくったオートミールを差し出すティナに向かってレインはベットから律儀に一礼した。
「いや。いつものことだから」
一方で、部屋に入ったヒューはしげしげとその中を観察しはじめる。
「むふむふ。憧れのミュージカル俳優のポスターに、練習用のアイポッドに、今どき珍しいレコードまで。……どう考えてもここは、邪悪な魔法具に豊かな才能を奪われた絶望で自害寸前の少年の部屋ではない」
自称音楽探偵は、白手袋を顎に当て決めポーズをとった。
「安心したよ。風邪が治ったら、音楽の研鑽に復活する気まんまんのようだ」
「へっ? ――あちっ」
オートミールで火傷した舌を出しながら、レインがどうにか言葉を継ぐ。
「魔法具? 才能奪われるって、なんのことだ?」
ほっとして、ティナは冷水をレインに差し出す。
あのバロタン・ボックスがミュージカリー・カップだというのはやはり、チュチュの思い込みだったようだ。
緩やかなセレナーデの導入のようにヒューが切り出す。
「話してはくれないかな。こんなにこっぴどく風邪をひいたわけを」
「……」
レインは力なく、右腕を下げた。
オートミールをちびちびとすくっていたスプーンが、皿に当たる音がする。
「オレは、大事な公演に穴をあけた。この道を志す者として、やっちゃいけないことをしたんだ」