㉓
集ってきた人々の拍手の中一人、呆然と立っている者がいた。
ルーカスである。
その視線は、自身の腕の中――いつもきょろきょろしているその目を薄くして羽を縮めているスコットがある。
「なんてこった。――こんなにリラックスしてるスコットははじめてだよ」
人々の歓声に軽く手で応えつつ、やってきたティナもそっとスコットに触れる。
「よければこれからは、ショーのバックミュージックに穏やかなものを使ってみるのがいいかもしれないわ」
羽を通してつたわるぬくもりが、心地いい。
「優しい高音が響いているとなおいいかも」
「そっか」
スコットを抱くルーカスの手にかすかに力がこもる。
「知らないうちに、怖い音を聞かしてたんだな。――ごめんな」
ルーカスは指先で、スコットの頭を撫でる。
スコットは心地いいのか、完全に寝入っているようだ。
「時々そうしてあげてください。飼い主さんがリラックスすることが、パートナーのリラックスにもつながるから」
「……あんた」
「……え?」
スコットに向ける真摯な目をそのまま自分にも向けられて、ティナが首を傾げた。
「ハープ弾くの見てたら。なんか、きれいだな」
「え? え?」
「音楽のことはオレは詳しくないけど、あんた見てたら、ちょっと勉強してみようかなって」
「よかったらさ、今日の礼に今度、飯でもおごらしてくれよ」
「ええっと」
気持ちは嬉しいのだが。
職務で知り合った相手と連絡先を交換するのは。
これは、いいのだろうか。
規定の確認のために上司を見やる、と――。
「ははははは、それは困るなぁ」
確認の前に彼は二人の間にすべり込んでいる。
「悪いね、ティナはうちの助手で忙しいんだ! 『音楽魔法具店』の助手は、上司以外の男性と二人で食事をしてはいけないという、厳しいルールがあってね」
ティナはやれやれと肩を竦める。
職務で知り合った人以前に、男性全般なのか。
「ちなみにカフェ、買い物、リトルベニス巡り、ロンドンアイやタワーブリッジ観光。すべて不可だ」
心の中で密かに呆れつっこむ。
これがほかの女性だったら、拳を振り上げられたうえで辞められているわよと。
こと自分に関して言えば、そんなに黒いオーラを出さずとも、恋愛というものにことごとく幻滅しているからとくに異存はないのだが。
「そうかぁ。お礼をしたかったんだがな」
根が素直なのか、ルーカスはいとも残念そうに小さく肩を竦めている。
「さぁ、ティナ。これからもやることがどっさり待っている。気合いを入れて、仕事に戻ろうじゃないか!」
おかしなテンションのヒューは雄々しく片足を踏み出し、マリーゴールドの茎につまづいてつんのめった。