㉒
後日、ヒューに大荷物を担がせ自身も大きな楽器ケースを背負ったティナはペリカンとルーカスを訪れる。
待ち合わせは先日と同じ場所――ケンジントン・ガーデンズ。ピーターパン少年の像が見守るその前である。
時間は午後一時。二十分ほど前に到着し、ごそごそと組み立てていると、ちょっとした舞台会場のようになり、人々が物珍しそうに寄ってくる。
時間ぴったりに姿を現したルーカスもまた、黒い肌に目立つ白目をまん丸くひんむいていた。その肩でスコットが首を回転させ高く鳴く。
緑の中に現れたのは、木漏れ日を反射してきらめく大型のハープと、組み立てピアノ。
「ようこそ、屋外コンサートへ」
一礼すると、今日は地味な帽子を返上し、小ざっぱりした萌木色のワンピースを纏ったティナが、ハープの前に立つ。
ピアノにスタンバイしたヒューに目で合図する。
「一オクターブ高い音でね」
「了解した」
二つの楽器で奏でられたのは、ゆるやかな音楽。
オペラ座の怪人の恋人同士が歌う曲――『オール・アイ・アスク・オブ・ユー』。
女性パートをハープに男性パートをピアノにアレンジした編曲版。
楽器演奏のため歌詞はないが、優しく静謐な旋律から、その奥に横たわるメッセージが浮き上がるような錯覚を覚える。
暗闇も恐怖ももうここにはない
僕はここにいる
誰にもきみを傷つけさせはしない
男声パートのピアノの旋律の直後、ハープのグリッサンド。
きらびやかな女声パートが入る。
朝起きるたび、愛していると言って
夏のきらびやかな日々を想わせて
今も いつでも わたしを必要と言って
それが真実だと 約束してほしい
それが わたしがあなたに望むすべて
後奏は、高音を目指し、緩やかに下るシンプルなアルペジオ。
それは穏やかな飛翔のあと、止まり木に休むようで。