⑲
ケンジントン・ガーデンズとハイド・パークの間は南北に長いサーペンタイン池が横断している。
ヒューがティナを誘ったのはイタリアン・ガーデンズから池を南下した、有名なピーターパン像があるあたりだった。
「こらぁ! スコットっ!」
ピーターパン少年の視線を柵越しに受ける道。
男性が誰かを叱りつける声が聞こえる。
「まぁたやらかしやがったな。人様のもんを盗むたぁどういう了見だっ! オレはお前をそんなふうに育てた覚えはねえっ」
昼下がりのうららかな公園で、なにやら複雑な家庭の事情に触れてしまったのか。
否。
キーっと、答えたのは鳥の声だった。
真っ白い羽。まん丸い水色の目は愛嬌があるが、大きな黄色いくちばしは鋭く、獲物をひとのみにできそうだ。
数分前自分を襲った犯人を悟り、ティナはぶるると悪寒に身を震わせた。
「きみ、気持ちはわかるが、それはいささか理不尽じゃないかい?」
ペリカンを叱っているその彼に、苦笑ぎみにヒューが話しかけた。
男性は、黒い髪を編んでいて、タトゥーをしている。シャツにむき出しの腕の筋肉がもりあがっていて、耳にはピアス。派手はユニオンジャックが描かれた背中にジーンズ。
イケイケの外見だ。
「あ、ああすまねぇ。わかっちゃいるんだがな」
イケイケの頭をかきながら、どこか困ったように言う。
「でもここでしつけとかねーと、あとあとこいつのためになんねぇから」
叱ったあとのフォローなのか、くちばしを撫でる男性に、ペリカンは威勢のいい鳴き声を上げる。
思わず身を竦めたティナをかばいながら、どこかおかしそうにヒューが微笑んだ。
「人のものを盗むのが仕事。だがプライベートでは盗んではならない。ペリカンくんにはなかなか難儀な理論だ」