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突如、大きな何者かが空から襲ってきたのだ。
上半身を襲う強風と、なにかが羽ばたく大音量。
あまりの恐怖に身をかがめ、ぎゅっと目を閉じる。
これはなに?
鳥?
そう思うも、突然のことで目を開けることができない。
「や、やだ……っ」
なぜ自分にばかり向かってくるのだろう。
この呑気な場所で、なぜ?
頭がパニックになりかける――。
「ティナ、こっちへ」
動揺に弱り切った心を低くたしかな声が導く。
「だいじょうぶ、彼は少し興奮しているだけだよ。攻撃の意志はない。しばらく目を閉じておいで」
その声を頼りに、ティナは彼の腕にすがった。
「そう。じょうずだ」
ぎゅっと、力強く引き寄せられる。
なぜだろう。不思議と落ち着いてくる。
怖いのには違いないのに、胸中に広がる不思議と甘やかな、これはなんだろう?
心にまどろむように覆いかぶさるのは――懐かしさ?
どんなに心に荒波が立っても。
この白い布に包まれたぬくもりが、必ず落ち着けてくれた――。
「もう、目を開けていいよ、ティナ」
気がついたら、強風も羽ばたきも消え去っていた。
しばらく至近距離で羽ばたくと、鳥は水辺の向こうに去っていったようだ。
「けがはなかったかい?」
そっと目を開くと、ヒューの胸に顔を埋めていることに気づき、とっさに突き飛ばす。
「あ――っ」
しまったと、ティナは顔をしかめる。
つい、反射でやってしまった。
助けてくれたのだから、お礼を言うべきなのに――。
顔を窺ううと、ヒューはとりたてて咎める様子もなく、ただ真剣な顔で、ティナの姿を指さし確認していた。
「うん。スカートもシャツも破れていない。帽子もレティキュールも無事だ」
ワンテンポ遅れて自身の無事を確認し、頷く。
「その。ヒュー。……ありが――」
渾身の勇気を振り絞って出した声は、少し小さすぎたようだ。
ヒューはにっこり笑って、ティナに手を差し出す。
「それじゃ、彼の元に返してもらいにいこうか」
「え?」
きょとんとして、ティナはその場に立ち尽くす。
菫色の瞳は、挑戦的なボルドーを宿す。
「狙い通り、犯行現場を取り押さえさせてくれたよ」
「は??」
「右耳に触れてごらん」
楽し気に出される指示に従ったティナはあっと声を上げる。
そこにあったはずの金のイアリングが、なくなっていた。