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緑豊かな広大な公園ハイド・パーク。
隣接するケンジントン・ガーデンズの西の入り口から白亜のヴィクトリア像と赤茶色のケンジントン宮殿をあとにし、森林浴を楽しみつつ北東の小道を進めば、イタリアン・ガーデンズが出迎えてくれる。
「次の調査場所が、どうして公園なの?」
湖の中刈り込まれたグリーナリーとともに点在し、ところどころに小さく噴き上げる噴水。休日や仕事の合間の休憩時間を満喫するロンドン市民に囲まれ、黒い装飾のついた柵にもたれて、ティナは眉間に皺を寄せた。
「仕事をしているように見えない」
「まぁまぁティナ。ごらんよ」
着いた途端、仕事どころかゆったりとベンチに腰を下ろしたヒューは、これまた優雅に片手を目の前の広大なグリーナリーに向ける。
「バレリーナのごとく花びらを散らすチューリップや純白のマリーゴールド。サーペンタイン池を泳ぐカルガモたち。春のこの公園は絶景だらけだ。ぜっこうのデートスポットじゃないか」
「あなたのプライベートにまで拘束されるのなら、別途残業代を請求するけれど」
傍らのツリガネソウそっくりにしゅんとうな垂れたあと、仕方ないなぁというようにヒューは背もたれから上体を離した。
「バロタン・ボックスからほのかに香ってきたジューンベル」
囁かれた言葉にティナは小さく息を呑む。
「そしてあの音割れはきっと水に浸かったことによるものだ」
この広大な公演には、ジューンベルがそこここに咲いている。
そして公園を北から南東にかけて斜めに縦断するサーペンタイン池。
目を閉じ五月のそよ風を満喫するヒューを見ながらティナは思う。
考えているんだかいないんだか、わからない人だ。
首をかしげた次の瞬間、ティナは小さく悲鳴を上げた。