⑫
さいしょに向かったのは、ポート・ペロー通りの『フォルマシオンデイズ』。
チュチュがバロタン・ボックスを購入したという店だ。
金色の枠に縁どられたショーウインドー。
緑色の扉をくぐると、パステルカラーの花柄やドット柄のテーブルクロスがかかったテーブルが三つほど顔を覗かせる。
その上に所狭しと置かれた商品たち。
リボンや宝石が飾られていたり、動物や妖精が模られていたりと、愛らしい工芸品は本家譲りだが、その雰囲気は王室御用達の『ハルマシオンデイズ』より数段ひなびている印象だ。そのほとんどが、オルゴール機能付きのようである。
「いらっしゃい」
赤と黄色の水玉模様のティーポットにティナが見入っていると、カウンターの奥から若い女性が現れた。
まだ二十代前半ほどか。淡いクリーム色の膝丈のデザイン性のあるエプロンを身に着けて、高く結われたポニーテールが溌剌とした印象だ。
「ごきげんよう、レディ。店主の方に話を伺いたいんだが」
「なにかしら? 店主はあたし、ジュリアよ」
ヒューと握手を交わしながら、斜め後ろに控えたティナにさりげなく視線をずらしたジュリアは目を丸くする。
「ちょっと待って。あなた、もしかして」
ティナは苦笑した。
心持ち顔を背けてみても、悪あがきだ。
「やだ。ほんとうに、舞台女優のティナ・チェルシー?」
観念して、目深にかぶった帽子を持ち上げる。
「今は『音楽魔法具店』の助手です。よろしく」
握られたその手には、強い力が込められている。
「すてきすてき! ねぇ、ちょっと歌ってみてくれない? あたし、あなたのクリスティーヌ、何度も見にいったの」
「その、ありがとう」
どうにか無難な返事を紡ぎながら、どうしたものか頭を巡らせる。
こういう展開になることは予想していなかったわけではない。
体調不良という言い訳も用意してあるが――。