③
「ええ!? そうだったの? オーケストラとか? 劇場とか?」
首元のネクタイを直しつつ、彼はびしりと言った。
「あぁ。パブ『ビール劇場』や、カフェ『パフェ・パフェ・シンフォニー』とかね」
「……おねえちゃん。もっと甲斐性ある人とつきあったほうがよかったんじゃない?」
がっくりと鍵盤の前にうな垂れるヒューに、思わぬ助け船が到来した。
「……あのさ」
それまで黙っていたレインが、話の風向きを変えたのだ。
「そうやって文句つけてるチュチュは。……どういうやつがいいんだよ」
「へ?」
打って変わって間抜けに目を見張るチュチュに、一同の注目が集まる。
「うーん。考えたことないや。なんでそんなこと訊くの?」
「えっ」
そう言ったきり黙り込み、顔を赤らめるレインに、ヒューは笑いを噛み殺した。
「うーん、青春だね。僕らも負けてはいられないなぁ」
同じく笑いをこらえるティナが、チュチュの背中を叩く。
「さぁ、そろそろ音楽学校の時間でしょ。行ってらっしゃい」
「僕らも店の支度にかかろうか、ティナ」
「えぇ」
そしてティナは頷き、給湯室に向かう。
歌姫を降板してから出会った『音楽魔法具店』。
ミュージカリー・カップの鑑定と回収。
それが店の業務だけれど。
ここでの仕事を通じて、多くの人たちに出会ってから。
厳しいプロの道に疲れた旅路で、ときに重すぎる夢という荷物を持ち、大都会ロンドンを旅する人々が、止まり木のように紅茶を飲んでいく。
そんな店になれたらいいと、今は思う。
同じようにたやすくはない道を歩んだ自分と。
そんな自分を認め包んでくれる彼となら、できる気がする。
そんなふうに思いながら、ティナは、ヒューに差し伸べられた手をとった。
了