②
レインの言葉で初めて彼女は、自身の頬にきらめくものの正体に気がついたようで、
「あ。あれ?」
あわててそれを拭いつつ、言う。
「なんか、おねえちゃんの舞台初めて見たときの感動がそのまま蘇ってきちゃって。じーんと、きちゃって……」
こらえきれぬ愛しさを込めて、見つめてくるティナに、彼女は迷わず言い放つ。
「ねぇ、歌い手として復帰めざしたら?」
弾かれたように、レインも続いた。
「うん、これならいけると思います!」
「もう、二人とももち上げちゃって」
はにかむ彼女を包み込むようにポロンと、ピアノのラの音が響いた。
「ティナ。歌姫たるもの、お客様のリクエストにはできるかぎり応じなくては」
その前に座ったヒューは仮面の眉間に指を押し当て、
「どんな非情な運命が邪魔しようとも、やはり原石の才能は最後には求められてしまうものなのさ……」
なんだかよくわからないが、キメ顔のつもりのようである。
「ありがとう。少し考えてみる」
だが、ティナの答えは決まっていた。
「でもしばらくは、今の仕事を続けたいの」
そっとこの声に背に寄り添うような伴奏を奏でてくれた彼の肩に、ティナは手をかける。
「奪われた才能を取り戻す。あなたの大義に共鳴したから」
「……ティナ」
見つめ合う彼らに、顔を赤らめるレイン。
対してチュチュはジト目だ。
「あのー、もしもし? 二人の世界に入ってるとこ悪いんだけど」
快活だが現実的な妹は、姉の恋人にしっかりと苦言を呈す。
「ファントムおにいさんのお店って、ほんとに将来性あるの?」
ヒューとティナは、同時にぎくっと身をよじる。
「は、はははは。当たり前じゃないか」
意味もなくぱらぱらと目の前の譜面をめくり、動揺まるだしのヒューはやたら早口でまくしたてる。
「ロンドン中、いや世界中にすでにたくさんのミュージカリー・カップが出回ってしまっているんだからね。才能を奪われて困っている人もたくさんいるはずだ」
「ふーーん」
疑わしさたっぷりの視線を向けたあと、チュチュはさらに続ける。
「ファントムおにいさんこそ、またピアニストをやろうとは思わないの? 真面目な話さ、これからは自分だけじゃなくもう一人くらい食べさせていけるようにならないといけなくなってくるんじゃない?」
こほんと咳払いをして、ヒューは答える。
「チュチュくん。これでも僕も副業としてピアノ弾きもしているんだよ」