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「まずは、さきほどかかったオルゴールのアルペジオの特徴。ノア・イシャーウッドの多様する作曲技法だ」
「あの歌姫は音の高さに応じて高く舞い踊るように造られている。歌姫を高い位置で踊らせることで、時計の針と接触させ、落とそうとした。そのための編曲だった」
するりとその腕にまとわりつくように取り出したのは、長いシート。
「この天文時計オルゴール用のシートだ。父さん。あなたが買ったものを一つ、拝借しました」
数秒後、天地を裂くような絶叫が、その場に響き渡った。
「あたしの歌声が! 栄光が!」
取り乱したオリーブはかなり声を上げながら、恩人と謳っていたイシャーウッドにつかみかかる。
その醜態にすら、イシャーウッドは感情を乱さなかった。
「なに。またすぐに這い上がる方法を見つけるさ」
そして、一度だけ笑みを見せ、息子に向けて言う。
「見事だ。盗人め」
「ミュージカリー・カップを生み出すわたしの道具だったお前が、こうも反抗してくるとは」
「彼女を亡き者にしようとしたことは当然償っていただく。だが、ミュージカリー・カップをまき散らしたことに関しては、残念ながら今、あなたがたを咎める法はない」
相変わらず事実確認のごとく、イシャーウッドは頷く。
「お前の生み出したミュージカリー・カップで、わたしは人々から才能を奪い、才能に見放された者たちに与え続ける」
だがその機械のような声音にヒューが屈することはなかった。
「そのたび僕は回収しつづけます」
さらに一歩、前に進み出たのは、クリーム色のレースを飾ったパンプス。
「わたしもよ。あなたを咎めない。ただカップを回収するだけ。――でも」
ティナは勢いよく、ヒューに抱き着く。
「彼だけはたった今、解放していただきます」
くっと喉の奥から声を出すと、イシャーウッドはきびすを返す。
「お前も、わたしの息子だ。いずれは才能を奪う側に来たいと思うさ。それまで待ってやろう」
そう息子に言おいて、彼は抜け殻のようになったオリーブとともに呼び寄せられた憲兵に、取り押さえられた。
どうにか騒ぎが落ち着くと、ヒューはティナに向き直り。
「やれやれ、気の強い女性というのは毎度見せ場を奪われてしまって困るな」
そう言って首を傾げると、低く、囁く。
「僕にもけじめをつけさせてくれ。ティナ」