㉝
だらだらとティナの頬を涙が流れる。
舞台で泣くときとは似ても似つかぬ無様な涙。
どうしたんだい。
なぜ泣いているんだい。
この人に聴かれるといつだってそうだった。
「なぜって」
意地もプライドもかなぐり捨ててただただ、正直になってしまう。
「ずっと泣いてるわ。みっともなくわめいて、叫んでっ」
「――あなたが結婚してしまうって聞いてから」
歌姫たるもの常に姿勢を正して、お客様に微笑みを。
みっともないところは見せてはいけない。
そう教わってきた。
けれど。
半面を隠したその顔を抱く力を弱めることはもう、彼女にはできない。
「好き。あなたが好き」
応急措置も、助けを呼ぶことすらできずに。
ただ赤子のように運命を嘆くことしか。
「死んだらいや。いやなの」
「……」
数秒間、ただただ聴衆のざわめきだけが、その場を満して後。
すでに仮面で覆われている半面を、ぱしりとヒューは片手で覆った。
「なんてことだ。……きみが僕を、愛してくれている? それは、ほんとうなのか」
こんなときにもどこか間の抜けた問いかけにむっときて、ティナはやけくそで叫ぶ。
「愛している。愛してるわ! ずっと前から」
「……ティナ。きみは音楽の才もすばらしく、料理や掃除の腕だってたいしたものだが」
外気にさらしている右の面も、ヒューはとうとう手袋で覆う。
「肝心なところが遅すぎるよ」