㉚
オルゴールを兼ねた天文時計が、曲を奏ではじめる。
人々の中にはこの時計のファンもいて、彼らが囁き始めた。
いつもと同じ曲――だが異なる編曲だと。
曲の名は『スィンク・オブ・ミー』。
ミュージカル『オペラ座の怪人』の中でヒロインが歌う歌だ。
わたしを想ってと遠くの恋人に語りかける、切ないメロディー。
それは水彩画のようなアレンジだった。
ひと波ふた波と呼吸するように大きくなっていくアルペジオ。
耳の熟達したものにはそれが、高度な技術者のアレンジだと理解できる。
ステップにターン、回転と、ヒューは無理なくかつ鮮やかに、ティナをエスコートしていく。
驚きあきれてティナは思う。
――この人、こんなに踊りがうまかったの。
踊っているというより、舞を促されるような、快い感覚に酔いしれていたとき、身体を後ろに寄せた彼が、囁いた。
「このへんで少し、アドリブにつきあってくれるかな」
「え?」
半分の彼の口元が、楽しげに――そしてどこか、切なげに、笑う。
「きみは元プリマドンナだ。急なアクションくらいお手のものだろ――!」
「――!?」
勢いのいいフォールアウェイ。
回転をかけ、ヒューはティナの身体を、力強く外側に押し出す。
ティナの身体が回りながらヒューの身体を離れて舞台袖に飛ぶ。
「――お姉ちゃん」
その身体を、舞台最前列で見ていたチュチュが受け止めた瞬間。
くるくと時計の文字盤を待っていた人形が、秒針を手折り。
重量のあるそれが落下し砕ける音が、舞台上に響き渡った。