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㉖
それは、新たな料理をとりに席を立ち歩いていたときだった。
クリーム色のドレスにワインレッドの液体が飛んできて、染みをつくる。
「あら~ぁ、ごめんなさい」
手に持った液体と同じくバラ色のワンピースドレスの女性。
「あら、よく見たらあなた? ティナ・チェルシーさんじゃない」
ティナは口元を結んだ。
姿勢を正し、礼をする。
「あなたの後任の歌手のオリーブ・ムーアです。このホテルで今日、婚約披露ですの」
彼女はネイルをほどこした爪先をそろえて顎に当ててそう言うのにふわさしい豪奢な装いだった。
アップにした巻き髪を散らし、血のような赤――クリムゾン・ベルベットのバラを飾っている。
「それはおめでとう」
様子に気がついたチュチュがいつの間にかテーブルからやってきていて、ティナをかばうようにして斜め前に立つ。
「そうだわ」
魅惑的なマゼンダの唇が、歌い出しでもするかのように気まぐれに開いた。
「お願い。ここで会ったのも縁だわ。一曲披露してくださらない?」
整った爪先を合わせ見上げてくるその姿は狡猾な猫のような愛らしさ。