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㉓
「あら。別の女性とずいぶん親密そうね。――残酷な人」
そういう彼女の声は余裕に満ちて艶やか。それこそ残酷にいたぶるようだ。
「あたしと婚約した直後に」
長い髪を高い位置でまとめ、金の飾りをつけ、華やかに着飾った女性はふわりと礼をする。
「こんにちは。かつての歌姫さん。あたしの名前をご存知かしら」
「イシャーウッド劇団の今のプリマドンナ。オリーブ・ムーアです」
笑いながらヒューの腕に手を絡め、彼女はアラバスターのように蒼白なティナの顔色をとっくりと眺める。
動かなくなった心で、ティナは決済を下す。
彼の代わりに神がよこした、これがすべての答えのように思える。
「ティナ」
なにか言い募ろうとするヒューにそっと、ティナは背を向けた。
「さようなら」
「……今までありがとう」
振り返ることは、しなかった。
するまいと思った。
だが、タワーブリッジから遠ざかり、彼も彼女も視界から明らかに消えたことが確実になったとき。
別のことを確認するためにティナは一度振り返った。
底なしの暗闇が情けをかけるように彼女を包んでくれていると。