㉒
眉根に皺を寄せ、ヒューは口をつぐんだ。
下へ、右へと視線を逸らし、最後にはテムズ川に投じる。
目に見えてうろたえている。
いつでも飄々と問答をかわすこの人が。
ティナに戻したその視線は、困ったように微笑んでいた。
「ティナ。疲れているんだよ。早く帰ろう」
明らかにわかる話の逸らし方。
ティナはその胸に頭をもたせた。
「どうして?」
目を逸らそうとしても、逃れられない。
そう訴えるように、再度問う。
週末の都会の浮かれた喧騒が遠くで鳴っている。
「きみが大切な人だから」
その瞬間、ティナには大都会のはずのロンドンが静謐な空間に思えた。
「それなら。歌声を奪うために、お父様の命令でわたしに近づいたって」
彼の胸にうずめた顔を、そっと上げる。
「あれは、ほんとう?」
ライムグリーンのその目の色には非難と例えようもない哀しみと。そして――かすかな希望が灯る。
事実父親が歌声を奪ったあと彼は、逃げた。
それが現実なのだ。
そういう人だったのだと頑なに想ってきた。
だがチュチュと話して――そして、これまでともに『音楽魔法具店』で仕事をしてきて、気がついた。
その頑丈なレンガの蓋の奥で、ずっと叫んでいたことを。
嘆きの穴に口をつけてそっと叫ぶように。
そんなことが事実のはずはないと。
「ティナ……」
上げた視線のさきには、困り果てた彼の顔がある。
なにかを噛み締めるように、ヒューは目を閉じた。
「僕は――」