⑳
夕暮れ時、『音楽魔法具店』からの退勤を指示されたティナの足は、虚ろな心境を引きずりつつウエストミンスター界隈へと向いていた。
ヒューと顔を合わせなくて済むのは助かるが、仕事がなければないで、どうにも心の置き所をもてあましてしまう。
いつもなら喜んで、チュチュのために少し手の込んだ夕飯づくりにいそしむのだが、それも無理そうだった。
いつもはただ、きれいだとしか思わないタワーブリッジの壮大さが、今夜は威圧的に見える。
それがライトアップされていることでようやく、あたりが暗くなってきていることに気づいた。
街灯に照らされ、回らない頭で考える。
――ヒュー。なぜ。
――なぜあなたはあの時、歌声を奪って遠くへ行ってしまったの。
答えが出ないとわかっている問いが、繰り返し駆け巡り。
何度目か、同じことを呟いたときだった。
「――ティナ」
ずぶりと胸に鋭いものを射しこまれたように、ティナは顔を上げる。
ヒューはどこか青ざめていて、街灯に照らされたその顔はいつもより疲れて見えた。
だがいつものように、彼は駆け寄ってくる。
「こんな夜中に一人出歩くなんて、危険だよ」
ふいに、衝動がティナを襲う。
――あなたのことを考えていたの。
そう打ち明けて泣きついてしまいたい衝動が。
「アパートまで、送ろう」
疲れて、打ちひしがれた目をしているのに。
自分はは一言だって、発せずにいるのに。
さりげなくエスコートして、いつもどおりを心がけてくれている。
チュチュのことや何気ないことを話してくれる。
相槌すらまともに返せていない自分を一段高いところから冷静に見ている自分がいる。
車がくればさりげなく道の端に誘導してくれたり、彼の気遣いには余念がない。