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ヒューの口元から、乾いた笑いが漏れる。
「悪魔め」
毒づく息子にも顔色一つ変えず、父親は答えた。
「そうか? 私は自らが行うことを善行だと信じている」
「神は才能の配分を平等には行わなかった。その是正だ」
淡々と語られるその言葉は、注ぎこんで枯れた熱情を示すかのように。
「お前にはわからんだろう。時間も労力もすべてを芸術に注いで、それでも脚光から漏れた者の慟哭が」
ごくかすかに、ピリオドを打つように、ノアは締めくくる。
「誰にも理解されないその孤独の淵から彼らを救いたかったのだ」
同じように感情を失くして。
機械になることで同じ土俵に立ち取引を。
無感動なその言葉は、ヒューがそのの内面にはるか以前から立ち上げ遵守してきたルールを破った。
「だから、人が必死に磨き上げてきた才能を理不尽に奪うことが許されるのか」
息子はついに、父親に牙をむく。
「ティナをそそのかして、あなたは歌声を奪った」
握りしめた拳の震えは小さくはない。
ヒューの自由とひきかえ?
片腹痛い。そんな気などなかったくせに。
父がティナをそそのかして歌声を奪った日。
もう決して父のいいなりにならないと誓った。
ティナを突き放し、遠ざかったのも、自分といるとどうあっても父の害が及ぶのを避けられないと踏んだためだ。
だが。あの日の誓いも今や、破らざるを得ない。
「それも才能の神から見放された者を救うためだというのか」
それを知ったヒューは初めて反逆に出た。
父がティナの歌声を閉じ込めたネックレスを、世界中を探し回った。
今この胸を占めるのは、彼女のあまりに希少な歌声を。努力のたまものをようやく返せるという安堵。そのはずなのに。
正体のわからない激情の渦がヒューを侵食していく。
最後の問いに父がなんと答えたかすら、わからなった。
父が音もなく去ったあとに残された契約書の写しと、父の手先となって働く計画のメモが、風の起こらないはずの窓を閉め切った一室で彼の元に、はためいた。