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 その平坦な語調からは宥めは愚か、怒り、困惑すらも読み取れない。


 この人に感情は通じない。


 だからヒューは努めて、事実のみを口にする。




「あなたに従っていたときのほうがおかしかったんだ」




 父に請われるままただ粛々とピアノを弾き、生み出し続けた。


 呪うべき道具を。




 薄い菫色が、ヒューを捕らえる。




「だが結局、今回も従うのだろう」




 不平の色もなく、勝ち誇りもせず。


 単なる事実確認のようにそれは呟かれた。




「お前はそういう星の元に、呪いを生産するため、生まれた」




 ヒューの口元がかすかに綻んだそれは自嘲だったか。


 あるいはほかのなにかへの嘲りか。




「そのようだ。この身は操られるだけの無力な怪人――だが」




 見開いた菫色は、かすかな西日を受け、情熱的なボルドーにきらめく。




「あのエメラルド。あれだけはあなたの好きにはさせない」




 機械が情報を飲み込むように、ノアは首を動かす。




「ミュージカリー・カップを広く浸透させることがこちらの目的だ。そのうちの一つなど、勝手にするがいい」




 そう一言結論付けると、色素の薄い瞳が、ほんのかすかにすがめられる。




「私にとっては胴体を立たせるための四肢の一本でしかないものに生涯をかけるなど哀れなものだな、お前も」




 だが、機械が感情の片鱗を見せたかに思えたのは、気のせいのような一瞬で。




 それはあっという間に、完成品を提出する。




 上等な紙にタイプされた英文。ヒューの目の前に差し出されたのは契約書だった。


 


「契約条件は双方に二つずつ。どちらかが一つでも破ったら無効だ」




 表題は、ミュージカリー・カップの一つ、エメラルドのネックレスをノア・イシャーウッドがヒュー・イシャーウッドに譲渡する契約について。


 ヒュー・イシャーウッドの側の要求事項には、次のように書かれている。




・オリーブと結婚すること


・イシャーウッド劇団で一生専属のピアニストになること




 目を通したヒューは、ためらわずに首肯する。




「いいだろう」




 そして、自身の要求欄に、二つの事柄を記す。




・ティナ・チェルシーの身の安全を保障し決して危害を加えないこと


・ティナ・チェルシーの歌声を秘めたミュージカリー・カップをヒューに返却すること。




 ヒューのサインが止まった刹那、ノアは契約書を引き寄せた。




 そして息子に手を差し出す。




 契約成立を示す握手に熱はなく、皮肉のように室内を彩る。




 同時にノアは一枚のメモを新たに差し出す。




「明日からさっそく協力してもらう。ミュージカリー・カップ生産の日時だ」

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