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ウィスタリアも紫陽花も、その花弁を夕暮れの朱に染める時間帯。
赤茶色の扉にかかっている看板をClosedに裏返し、ヒューはその上方に布を被せる。
午後四時四十分ごろ。
『音楽魔法具店』は、本日は早めの店じまいである。
あれからミュージカリー・カップの鑑定の依頼が二三あったが、どれも偽物だとすぐに判別できた。
ヒューは平生通り接していたがティナのほうはそうはいかないようだ。
仕事で必要なこと以外話しかけてくることもない。
表情も終始こわばっている。
変わらず掃除や雑務はこなしてくれているが。
今日彼女が出してきたオレンジペコは、珍しく少しだけ渋かった。
閉店作業を終えると、執務机に腰かけ、ヒューは入り口に目を据えた。
閉め切ったカーテンの隙間からかすかに差し込む光が鈍くその菫の目を照らす。
ややあって、ゆっくりと、扉が開いた。
ティナを早めに返したのは、来客があったから。
革靴の音を機械的に響かせて入ってきたのはストレートグレイの髪に、菫色の瞳。
ヒューと同じ特徴を持つ、整った顔立ちの、初老の男性だった。
だがその瞳は息子とは対照的に、ウィスタリアにもボルドーにも変わることはない。
いかなる感情も読み取れない色素の欠けたような紫であった。
ガラス張りの壁、深緑のカーテン。
棚の上のランプ、ガラス製品、数々の骨董品。
大量の楽譜を背にした赤茶色の執務机。
店にある家具や品々を無感動な視線が巡っていく。
最後にちらと入り口を振り返り、赤茶色のアップライトピアノを一瞥すると、ヒューの父――ノア・イシャーウッドは口を開いた。
「お前はもっと利口だと思っていた。反抗期のようにこんな店を立ち上げるなど」