⑬
パステルカラーの邸宅が立ち並ぶ高級住宅街ノッティング・ヒルに街灯が灯りだす黄昏時。
坂道を上り、そのうちの一つ――ラベンダー色と白で統一された住居にヒューは足を踏み入れていた。
訪問の許可を得、数段のステップの先にある扉をくぐった先の一室には、大ぶりのソファと、花や女神の装飾のついたミラードレッサー。
サテンのカーテンのかかったバルコニーの前に、彼女は君臨していた。
根元だけを編み込んでアップにしたバーガンディの髪。
ワインレッドの瞳と、マゼンダの唇。
星屑をちらしたような漆黒のドレス。
シックな雰囲気を演出した完璧な装いの中で、その胸元に輝く涙型のエメラルドだけが、澄んだ青空を思わせ、どこか異色である。
決して大きくはない邸宅の窓から――さながら夜のロンドンを統べる女王のように。
グッド・イブニング、と挨拶すると、マゼンダが赤い月のように持ち上がる。
「ほんとうにいい晩ね。ヒュー。来ると思っていたわ」
「突然の訪問を許してくれ。オリーブ・ムーア嬢。時間がないので端的に話させてもらおう」
表情を変えずに、ヒューは目的を切り出す。
「その胸元のネックレスを、お返しいただきたい」
くすりと笑み、オリーブはしなやかな白い手を胸元にやる。
「あらぁ。なんの冗談?」
音色でもかき鳴らすように、長いまつ毛が楽しげに揺れる。
「これはあたしのもの。正当な金額を払って得たものよ。結構高かったの。だからおいそれとは譲れないわ。ごめんなさいね」
眉根を寄せて甘えるように笑う姿は、隙のない雰囲気を一気に和らげることで、見る者の心を磁石のように吸い寄せるある種の魅力がある。
だがヒューは顔色一つ変えずに続けた。
「違う」
声音に怒気も哀惜も、混じらせない。
そう、努めた。
「そのネックレス――いや、ミュージカリー・カップに閉じ込めてある歌声は、以前、イシャーウッド劇団で活躍していた歌姫、ティナ・チェルシーのものだろう」