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 ティナが帰宅を告げると、ハイド・パーク沿いの通りのアパートの木製扉を、チュチュはおそるおそる開けた。


「おかえりなさ~い……」


「ただいま、チュチュちゃん」


 姉のにっこり笑顔を出迎え、チュチュの手が扉を閉めようとしたのをティナは見逃さなかった。かすかに空いた隙間をすかさずこじ開けることで先手をとる。


 姉を前に無力を悟っているのか、チュチュは頭をかばった。


「怒らないでっ。上着、預かるからっ」


「もう、ほんといけない子」


 約束をすっぽかした上に、あんな男を放り込むなんて。


 ほんとに。


 ほんとに……。


 なんだか思考すら面倒になってダイニングの椅子に身を下ろしたティナの肩にそっとチュチュが手をかける。


「それで。――楽しかった?」


「……」


 ぐるりと、チュチュがティナの前に回り込む。


「あれ?」


 たまに驚くほど賢く、してやられることもあるけれど。


「ほんのり顔が赤くて。目がうるんでて」


 まだまだ素直で無邪気な妹は、声に出して、姉の状態を観察した。


「おねえちゃんなんか、辛そう。……辛そうなのに、幸せそう?」


 甘くとろけそうになる脳で必死に繰り返す。




 あの人はわたしの歌声を、父親に言われるがまま奪った。近づいたのもそれが目的だった――。


 脳内にこだまする呪いの音楽を、そっと遮った小さな手があった。


「ねぇおねえちゃん」


 額に張りつけたティナの手をそっととったチュチュはまっすぐに、澄んだ目を向けてくる。


「ファントムお兄さんが昔どんなふうにおねえちゃんを傷つけたのかはわからない。わからないけど、ただ」


 懸命に、難解な楽譜に目を凝らすようにチュチュは、姉のたどってきた道筋を読み解いていく。


「あの人、変態でも変わり者でも、生活力なくても」





「おねえちゃんのこと好きだよ」

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