③
店の奥、一面の黄金の枠にしきつめられたシャンパン。
白いテーブルクロス。青と黄色の薔薇の花が飾られたテーブル。
ガラス張りの外にはビック・ベンやタワーブリッジ、そして、壮大なウエストミンスター寺院。
テムズ川沿いの夜景が楽しめる高級レストラン『ラグジュリアス』の特等席で、ヒューはグラスを掲げた。
乾杯、と一言、そのシャンパンは宙を滑る。
「……そろそろ機嫌を治してくれないかい?」
正面にはクリーム色のドレスで着飾ったティナがむすっと夜景の方角に顔を背けている。
彼女とのディナー権を寛大にもチュチュが譲ってくれたことを申し出てからずっとである。
「こんな豪華なレストランでディナーだよ。ほら、ごらん。宝石をちりばめた夜景の都市に暮らせる幸せを噛み締めようじゃないか」
「そんな気分じゃないの。どちらかというと、怒りに任せてあなたを粉々に嚙み砕きたい気分」
「……ティナ」
鳴らすあてのないグラスをしおしおとヒューがテーブルの上に戻したとき、ティナの声がその黄金の水面を震わせる。
「……あなたの行先。――トルコで銃の発砲が起きたってニュースを見たとき、わたしがどんな思いでいたかわかる?」
静かに息を呑み、ヒューは顔を上げた。
そこにある、ライムグリーンの瞳は、怒りと悔しさと、そして、もう一つ――なにかをたっぷりと湛えている。
「いつだってふらりとどこかへ旅に出て。わたしは置いてけぼり。もう二度と帰ってこないんじゃないかって」
「……心配してくれていたのかい?」