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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

牢屋、面会、それと失望。

作者: 甲光一念

「……おや、これはこれは、王太子殿下がこんなところで一体何を?


 ……ああ、先日のパーティーの後、貴方が立太子されたと、親切に教えてくれた衛兵がいましてね。何が面白いのか、随分とにやついていたので扉の小窓越しに顔面を殴ってやったんですよ。

 ……何もしてないのに殴られたとか言ってるんですか。はっ、それを馬鹿正直に信じる奴にも考え物ですね。一応忠告しておきますが、城の兵があんなのばかりだと次第に全体の質も低下しますよ。まあ、俺が言っても聞かないでしょうが。


 ……はあ、またその話ですか。学園でもしつこいくらいにその話ばかりで、俺が牢にぶち込まれてもその話。いい加減飽きませんか? 俺はとっくに飽きていますし、明確な答えを何度も返しています。それは例え、貴方がここに百回通おうが決して変わりません。その軽い頭を下げようがね。

 ……ほら、要件が終わったなら、さっさとどこの馬の骨の血を引いているんだかわからないあの女の所に帰った方がいいんじゃないですか?


 ……はは、あの温厚だと言われていた第一王子殿下も、随分と気が短くなったものですね。そんなことで、ストレスフルな国王なんて立場になって国を導いていけるんですか? しかも、あんな女を横に置いて。目を閉じれば浮かんできますよ。都合の良い理想通り回らない現実に、常に苛々している貴方の姿がね。そしていずれ、あの女がその捌け口になる。形はどうであれ。

 ……そう思うんだったら思っていればいい。いずれ後悔しても、困るのは俺じゃないので。


 ……はあ、そうですか、父が。了承したと返事をしておいてください。ああ、ついでに、今更父親面するなとも伝えておいてくれると助かりますね。向こうが俺をどう思っているのか知りませんが、俺はあんな男のことはとっくに父親だなんて思っちゃいませんから。

 ……はあ? 違いますよ。俺は父親への憎しみと他の誰かへの憎しみを混同させたりしない。あの女があの女だから、俺は嫌いなんだ。殺してやりたいほどね。


 ……まあ、精々努力すればいい。貴方には失望しましたけど、だからと言って破滅を望んでいるわけじゃない。成功できるものなら、是非してみてください。


 ……俺には、できなかったことを」




「……久しぶりだな。どうした、わざわざこんなところまで。

 ……そうか、あの父親はこういう仕事だけは速いな。あの時も、早かったしな。

 ……いや、昔の話だ。それで、今日は何をしに来たんだ?


 ……ああ、そうか、そういえばここ貴人牢だったな。名字の無くなった俺が追い出されるのも時間の問題か。なんだ、婚約者だったよしみで心配でもしてくれたのか?

 ……はあ? あの女の近況なんて俺が聞きたいと思うのか?


 ……昨日王太子殿下からもその話をされて俺は食傷気味だ。これ以上その話を続ける気なら俺はここで退席させてもらう。

 ……この国の法では、面会時の罪人にはそれを自由な時に中断させる権利がある。要は、罪人でも不快な相手に付き合う必要はないという最低限の権利の確保で、それは相手が貴族令嬢だろうと関係がない。


 ……王太子殿下の話に付き合ったのは、最後の忠告をしておくためと、いよいよ来るところまで来てしまった男を最後に見届けておこうと思ったからだ。別にお前と何が違うというわけじゃない。

 ……世間話、ねえ。こんな所に閉じ込められている俺に世間話を求めるのはなかなか酷だと思うんだが、その辺りどう思う? ここで耳に入ってくる話なんて、性格の歪んだ兵共が歪んだ面で吹き込んでくる王太子殿下のラブロマンスくらいの物だ。もし演劇の題目だったら金を貰ったって見たくない類の薄ら寒い話だけ。


 ……婚約者が。はあ、そりゃあおめでとう。

 ……いや、名前を言われてもな。家名くらいは聞き覚えあるけど、その男がどんな奴かなんて知るわけないだろ。


 ……ははっ、何お前、その新しい婚約者くんに俺の様子見に行った方がいいんじゃないかって言われたの? よかったな、誠実なお相手を運良く引けたみたいで。まあ確かに、お前がわざわざ俺の様子をこんな所にまでってなんか違和感あったけど、人に言われたからって、くくっ。

 ……あ? 許す? 何を?


 ……随分好き勝手言ってくれるよな。お前とは結構長い付き合いだから、割と頻繁に言ってきた気がするけど、その自分に都合の良い所を抜き出して解釈するの、やめた方がいいぞ。

 ……俺は、何が不快なのかをお前に何度も言ったことがある。その度に、まるで子供の癇癪をあやすみたいな態度取られてたら愛想も尽きるだろ。どっちかって言えば、癇癪に付き合ってたのは俺の方だ。


 ……そうかい、そりゃどうも。俺は嫌いだよ、お前のことなんか。俺より、あの女の味方をしてきたお前のことは、ずっと嫌いだった」




「……わざわざこんな薄暗いところまで悪態を聞きに来るとは、次期王妃様は随分と奇特な趣味をお持ちだな。一般牢だったら逃げ場も無いから、俺がここに移されるまで待ってたんだとしたら、そんなに性根の腐った話も無い。とはいえ、王太子殿下から心の清らかな女性と評されるお前が、そんなことを考えているわけもないとは思うが。


 ……立場を得ると、人間、強気になるものだな。あれだけ男の後ろで小鹿のように震えていた女が、今や謝罪を要求か。しかも、許してやる、と来た。俺は常々、お前のことを浅ましい女だと事実を突きつけてきたが、一体どの面下げてそれに反論しようっていうんだ? 何食わぬ顔をして妹面してきた時も大概不思議だったが、いやはや本当、第一王子はお前の何が良かったんだか。お前に会う前は、尊敬できる賢い人だったんだがな。今や見る影もない。

 ……そうだな、俺がお前のことを嫌いな理由の一つに、実の妹じゃないからっていうのは確かにある。


 ……何だその顔?

 ……今まで俺と一対一で話そうとしなかったのはお前だ。違う男を連れてきたり、侍女を引き連れてきたり、頑なにお前は、自分の味方がいる環境を手放そうとしなかった。一時的でも、本当の意味で俺と会話しようとしたことがお前にあったか?


 ……ふん、そこまで言うなら、逆に連れてきてほしいもんだ。母親が死んで間もない内に、どこからか再婚相手とそこそこ育った娘を連れて、当たり前のように帰ってきた父親を許せる人間がこの世にいるならな。

 ……なんだその顔、知らなかったわけないだろ。お前がうちに――いや、もううちじゃないが――来るほんの一週間前だよ、母さんが死んだのはな。まだ悲しみに暮れている俺や使用人の皆が、どうやってお前らを受け入れればいいんだ? どうして受け入れなくちゃいけないんだ?


 ……そりゃ、お前らに少しでも敵対的な態度を見せたらクビだったしな。当時の顔も、最近はすっかり見なくなった。今も残ってるのは、俺の同志だった執事くらいのもんだよ。他は皆、俺達が可能な限りの伝手で逃がした。何があろうと、お前らにうちの権利を委譲させはしない、その志だけでやってきた。

 ……ふ、本当にあの親父の血を継いでるかもわからないのに、お前のことを妹なんて認めるわけないだろ。


 ……お前が、どこの馬の骨の血を継いでるかはこの際どうでもいい。それでも、ここまで来た以上、一つだけお前が守らなくちゃいけないことがある。それは、何があっても王太子殿下を裏切るなってことだ。例えお前が裏切られても、切られても、それでも、道を踏み外させたお前はその責任を取らなくちゃいけない。この先、お前が頂点に立って導いていくこの国が、どういう判断をお前に下したにせよ、選択の責任はお前自身にある。

 ……今はわからなくても、その内分かる時が来るさ。後悔しても、もう遅いんだから。


 ……ん?

 ……はは。


 ……家が燃えてるって? そうだな、俺の仕業だ。さっき言った執事ももうとっくに逃げてる。母さんの思い出の一片たりとも、お前らに残してなんてやらない。重要書類も財産も何もかも燃えてるだろうけど、次期王妃を輩出した家だ、困りゃしないだろ。

 ……いや、違った。なんてこった、俺の部屋も燃えてるじゃないか。誰だそんな卑劣なことをした犯人は。許せないな。


 ……これが俺の、兄としてお前に送る、最後の手向けだ。

 ……幸せに、ねえ。なれるもんなら、なってみな。あの世から見てるからよ」


 この後、俺はなんだかんだ見ず知らずの男に牢内から助けられて他国で働くことになる。

 時々入ってくる祖国の情報曰く、王太子妃の血筋が実際はどうだとか、第一王子の王太子としての資質がどうだとか、国王が牢内から突然消えたとある令息を探しているらしいとか。

 そんな話を聞くことはあったが、結局俺は、死ぬまで国に帰ることはなかった。

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