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第三話 二人のこれから

 時間をかけて作られた物も、壊れるのは一瞬だ。


 長い歴史を誇るポメグラネイト伯爵家の領城、その華美で古風な内装は……ランドルフの放ったとてつもない規模の雷撃によって、凄惨な光景へとすっかり様変わりした。

 あちこちが黒く焼け爛れ、ガーデンやカーペットはジリジリと黒煙を上げて今も延焼を続けている。また、不運にも生き残ってしまった者は苦悶の呻きを漏らし、虫けらのようにそこらを転がっていた。


 そんな中、広々とした正面玄関に立ったポメグラネイト伯爵――がらんどうの目をした男は、侵入者二人を無感情で眺めていた。


「なるほど……クラリエッタ。お前とシルエナの魔力性質は良く似ていたからね。その上、母娘ほどの濃い血縁関係ともなれば、魔法師と触媒と親和性という意味では最強だ。魔法騎士団では歯が立たないのも当然の結果か。実に興味深い事例だと思うよ」


 伯爵の言葉を聞いたクラリエッタは、コレ以上の問答は無用だとばかりに魔本を構える。


「――我が声に応えよ、魔本【シルエナ】」

「――我が声に応えよ、魔本【ベルネット】」


 ベルネット。

 その魔本の名に、クラリエッタは唇を噛む。


「やはり……行方不明になったお姉様は、魔法の本にされていたのですね」

「あぁ。私とベルネットは魔力性質が似通っている上に、実の父娘だろう? 魔法触媒として考えるなら、最適な条件が揃っていると思わないか。クラリエッタ、お前とシルエナの親和性にも劣らないと思うが」


 刹那。

 クラリエッタの顔が、煮え滾るような怒りで歪む。


「――焼き焦がせ、〈猛る炎の悪魔像(フレイム・ガーゴイル)〉」

「――蠢け、〈闇夜に誘う虚無の手ハンドレッド・ダーク・ハンズ〉」


 クラリエッタの魔法を受け止めたのは、伯爵の背中から生えた無数の手である。それは闇色の肌をしているが、人間の手のようにしか見えない悍ましいモノ。生命というものの根底を冒涜するような、本能的な嫌悪感を想起させる何かであった。


 衝突し、膠着状態になる二つの魔法。

 その隙を見て、ランドルフが死角から雷弾を放つ。


 しかし、やはり弾は届かなかった。無数の人腕が伯爵を守るように展開され、その一つ一つがあまりに強固なのである。そんな魔法に守られた伯爵は、小細工程度で傷を負うほど甘い男ではない。


 伯爵はチラリとランドルフを見る。


「おや、無粋だね。父娘喧嘩に口を挟むのかい?」


 冗談でも言うような気楽な語気に、ランドルフは思わず肩の力を抜く。


「ククク……伯爵様ほどの紳士でも、娘が男を連れてきたら喧嘩に発展するものですか? 少しは父親らしいところもあるんですね、お義父さん」

「はは、君に父と呼ばれる筋合いはない、とでも答えれば満足してもらえるかな?」


 ランドルフは襲ってくる闇色の手を魔剣で斬り飛ばしながら、どこかに隙はないかと伺う。左目に宿した魔眼は何度も使用しているが、伯爵が動きを止める様子はない。もう一つ、有効そうな切り札はあるが……さて、どうやって使おうか。

 思考を巡らせるランドルフの傍らで、クラリエッタは拳を固く握りしめる。


「……お父様。その魔本に綴じられた魔法はもしや」

「気づいたかね? そうなのだよ。これまでの魔本は外装にこそ魔人革を使用していたが、中のページは魔物皮紙だっただろう? だがせっかくなら――」

「魔人皮紙。一つの魔法を作るのに一人ずつ……そうやって一冊の魔本を作るために、一体どれだけの人を犠牲にしたのですか! この外道!」


 クラリエッタは吐息を震わせる。


「――蹂躙せよ、〈燃え上がる小鬼群団バーニング・ゴブリンズ〉」

「数で攻めるか。悪くない選択だ」


 伯爵は魔本を眺めながら悠長に魔法を選んでいる。一方でクラリエッタが生み出した炎上するゴブリンは、闇の手によって次々と叩き潰されていった。


 魔法師と触媒の親和性をさらに高める手段として、魔本のページに魔人皮紙を使用するのは理屈としては有効な手段なのだろう。失われる人命から目をそらし、倫理観の一切を無視すればの話ではあるが。


「――包み込め、〈眼界を覆う闇色の吐息ダーク・ミスト・ブレス〉」


 瞬間。あたりに立ち込めた闇色の霧が、伯爵の姿を覆い隠し――そしてその空間を、同色の「見えざる手」となった闇の手が、クラリエッタめがけて一斉に伸びる。


 バチン。

 弾けるような雷音とともに、紫電を纏ったランドルフが間一髪、クラリエッタを抱きかかえてその場を離脱した。 

 

「ランドルフ!」

「落ち着け、クラリエッタ」

「でも」

「怒りを叫ぶな。その感情は腹の底で煮詰め、刃を振るう原動力にするものだ」


 階段の踊り場まで退避したランドルフは、クラリエッタの耳元でこっそりと作戦を告げる。彼女は一瞬目を見開いた後、コクリと頷いて力強い目をした。


 闇色の霧の中から、のん気な声が響く。


「おやおや、父親の前でイチャついてくれるとは」

「これは失礼。恋愛は人を馬鹿にするらしい」

「はは、そうだねぇ……私も妻とは大恋愛だったよ」


 霧の中から無尽蔵に伸びてくる闇の手を、ランドルフは魔導銃の雷弾で撃ち落としていく。お互いにのんびりと言葉を紡ぎながら、その速度は衰えるどころか増す一方だった。


「……シルエナは良い女だったよ。物事をどうしても悪い方向にばかり考えてしまう私のことを、燃えるような瞳でいつも明るく叱り飛ばしてくれた」

「あぁ、なんだか想像できる」

「ははは、クラリエッタの気質は妻譲りだからね。本当に良く似ているよ。妻が死んでから、ずいぶん時間が経つというのに……思い出すのはいつも、あの頃のことばかりだ」


 激しい攻防の中、伯爵はポツリと呟いた。


「……一生に一度きり。燃えるような恋だったよ」


 その言葉を静かに聞く。

 今、ランドルフの左手には魔剣の代わりに籠手(ガントレット)が着けられていた。ほんのりと赤い光を放つそれで、迫りくる闇の手を次々と叩き落としていく。


「おや、君が着けているのは籠手型の魔装具かい。珍しいねぇ……これは私も知らないものだ」

「博識な貴方に驚いて頂けたなら光栄です。西の方を旅している時に見つけたもので……通称、魔法師殺しと呼ばれる品でして」


 そう言うと、彼は籠手で床を思い切り叩く。

 そこから魔力の衝撃波が広がり――


 この場にあった全ての魔法が搔き消され、魔法師と魔本を繋ぐ契約鎖が弾ける。クラリエッタの炎も、ポメグラネイト伯爵の闇も、一瞬にして全てが幻のように消え去った。


 魔法契約を強制破棄する魔道具。

 この籠手は、ランドルフの最後の切り札である。


「魔法の本が――」


 そう呟く伯爵の、背中側から。

 真っ直ぐ心臓を貫く魔剣。


 振り向いた伯爵の目には、燃えるような激情をその身に秘める乙女の顔が――クラリエッタのニヤリと口角を上げた顔が――強い衝撃を伴って鮮明に映った。


「あらお父様、ご存知ありませんでしたか? 戦いというのは、魔法が全てではありませんの」

「クラ……リエ……」

「これで詰みですわ。今のお父様は、魔法の本を開くこともできない平凡な中年男性ですもの」


 クラリエッタが魔剣を引き抜けば、伯爵の胸からは赤黒い血が吹き出る。


「どうか安心なさって。一人で逝かせるような無体な真似はいたしません。お父様の配下も、研究も、魔人で作った魔法の本も……もちろん、お母様もお姉様も。わたくしがこの手で、全てまとめて焼き尽くして差し上げますわ」


  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ポメグラネイト伯爵家の領城が、炎の巨竜によって塵になるまで燃やし尽くされたと、国中に噂が駆け巡ったのはすぐのことだった。


 最後に母親の本も焼き、全てを終わらせたクラリエッタは、それから宿のベッドで数日寝込んだ。無理もない。永きに渡る心労に加え、体力も魔力も消耗し尽くした。そんな状態で、初めて人の命を奪ったという事実や、父親の心臓を剣で貫いた感触……そういった様々なものと少しずつ向き合う時が、ついに来てしまったのだから。


 物置小屋に隠していたミスリル塊などの財産は、とりあえず可能な限りお金に変えた。これでしばらくはのんびり過ごせるだろう。

 そんな風にして、ランドルフは甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いて、可能な限り彼女のことを甘やかした。そのうち、クラリエッタから強引に押し倒されて恋人関係を迫られたりもして……そんな風にして、三ヶ月ほどが過ぎていった。


 部屋で朝食を取りながら、二人はこれからのことを相談していく。


「わたくしも傭兵になるのなら……口調から改めて、強そうな雰囲気を出す必要がありそうですわね」

「……前途多難だなぁ」


 長かった髪は肩まででバッサリと切り揃え、着るものや食べるものもすっかり庶民に染まっているが、クラリエッタの所作はやはりどこか上品だ。


 まぁ、そこは今さらどうしようもないので、ランドルフはクラリエッタを傭兵にするため必要なものをリストアップしていくことにする。


「まずは傭兵ギルドへの加入だろう?」

「それは……出自がバレたりしませんか?」

「その辺はギルド自体があえて無頓着に振る舞ってる部分かな。なにせ訳アリの奴が多すぎるから。元貴族、犯罪者、脱走兵に逃亡奴隷……仕事が命懸けの分、わざと緩くしないと誰もやりたがらないからな」


 おそらくギルド側もクラリエッタと接すれば何かを察するだろうが、特別になにか突っ込んで聞かれることもないはずだ。貴族出身の子息令嬢が傭兵に身をやつすなんて、本当によくある話だからだ。


「武器はどうしようか」

「ランドルフと同じものではダメなのですか?」

「悪くはないけど……魔導銃も魔剣も値が張るものだし、どうせチームを組むならバリエーションがあっても良いだろう。向き不向きもあるだろうから……とりあえず色々と試してみるか」


 そもそも荒事の経験が「実家の伯爵家を滅ぼし尽くした一回のみ」という、いろんな意味でとんでもない経歴の女なので、これまでのことは一旦白紙にして考える必要がある。年単位での試行錯誤も必要になっていくだろう。


 それから――


「魔法の本、かなぁ」


 彼の言葉に、クラリエッタの肩がピクリと跳ねる。


「……やはり、必要ですよね」

「気が進まないのは分かるし、別に魔法が全てなわけじゃないと思う。ただ、強力な手札なのは間違いないから、用意できるならしておきたいかな」


 ランドルフは少し心配になって、クラリエッタの顔を覗き込む。やはりまだ、魔法の本についてあれこれ考えるのは彼女にとって酷な話だろうか。そう思っていたのだが。


「そうなると、炎を扱う強力な魔物を素材にした魔本を作りたいですわ……ランドルフは、そういう魔物の生息地に心当たりはあって?」

「まさか……自分で狩る気か?」

「もちろんです。いずれ〈雷速〉と並び立つ〈業火〉を名乗るつもりですので……それくらいはやらねば」


 彼女の力強い瞳は、野心で燃えている。


 傭兵として真に「相棒」と呼び合える日が来るのは、案外遠くないのかもしれない。ランドルフは内心、そんな風に考えながら、二人のこれからを想像して僅かに頬を緩めた。


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