幸せの光景
今年は年初から大きな地震がありました。
かつて筆者自身も大きな地震を経験しました。
そう言う災害の最中に居ると、この先どうなってしまうのだろうと思う事もありましたが、
小さな子達が明るく笑っているのを見ていると、何とかなるだろう、
いや何とかしなくてはと勇気をもらえたものでした。
それから数日が経った金曜日、葉子ねえは無事赤ちゃんを連れて帰宅する事になった。
残念ながら誠司さんは仕事との事なので来られないらしいが、その代わり七瀬が赤ちゃんに会いたいとの事でやって来ている。
だが何より驚いたのは和香様がやって来た事だった。
午後に母さんが車で迎えに行って、誰も居ないはずのところに学校から帰宅すると、そこに和香様の姿があるのだから驚かない訳が無い。
「おひさやなあ雨子ちゃん」
「和香よ、そなた左様に暇な身の上でないで有ろうに何しに来おった?」
雨子様の片眉が少し持ち上がっているのを見るに、勝手をする和香様の事を少し怒っている?
「ねえ祐二君、あの方は?」
見ると七瀬が僕のシャツを手でつんと引きながら問うている。
なるほど考えてみたら、七瀬はまだ和香様に会った事が無いのだっけ。
「あの方が宇気田神社の御祭神の和香様だよ」
「御祭神と言うことは神様なのね?」
「そうそう、雨子様と同じ神様」
するとその言葉が聞こえたのだろうか、雨子様から訂正の言葉が入る。
「和香を我と同じ神と称しては成らぬ、この国において三本の指に入る大神ぞ」
「あ、はい…」
言われた七瀬は首をすくめて縮こまっている。
「あ~~雨子ちゃん酷~い。雨子ちゃんがそないなことばっかり言うから、うちは真面な人付き合いがでけへんのやで?」
「人付き合いも何も、そなたは大神として皆の期待に応える立場であろうが?」
「それはそうやけど、でもそれは建前や」
「建前じゃと?」
和香様の言葉に雨子様が目を剥いている。
「そりゃそうやで。そうでもせんかったらうちかて肩凝ってたまらへんもん」
「むぅ…」
「それになあ、そんなん言うんやったら雨子ちゃんはなんやのん?いつの間にやら人の家のお嬢さんになって、学校とか言う面白そうなとこに通うてるって言うやんか?いくらなんでもそんなんずるいわ~」
七瀬がまた僕のシャツをつんと引く。
「ねえねえあの方本当に神様なんだよね?」
「うん、間違い無くそのはずなんだけども…」
見掛け着古したジーンズのパンツにTシャツ姿の和香様。それであの言葉遣いだと流石に七瀬がそう言うのも分かる気がする。
「ほれ、言うた通りでは無いか?少なくとも和香、今のそなたに大神の威厳なぞ微塵も感じられぬわ」
「そんなぁ~、そんな事あらへんよな?祐二君も笑うとらんで、何とか言うてぇなぁ~」
何だかもう我が家の前は混沌だった。
そこへ丁度葉子ねえを乗せた母の車が帰ってきた。
「あらまぁまぁ、随分沢山のお出迎えね、和香様までお出でになるなんてどうしましょ?」
車を止めるなりの母さんの第一声。だがそのままでは埒があかないので皆その場を退き、母さんが車庫に車を入れるのを待った。
車を止めたところで雨子様が助手席のドアを開ける。
「雨子さん、ただいま」
と出てきたのは葉子ねえ、満面の笑みを浮かべると雨子様と早速ハグをする。
「よう帰ってきたの、ところで赤子はどこぞ?」
赤ちゃん…美代に逢いたくてやきもきしている雨子様。だがその前に和香様が雨子様を押しのける。
「葉子ちゃん、お疲れ様やったなあ。女のやや子やって?はよ見してぇ」
「早く見たいなら早く退くがよい、和香よ、そなたが葉子の邪魔をしておるのじゃ」
「え~ほんま?ごめんごめん、ほな退くは」
わいわいがやがや実に賑やかに迎えられた葉子ねえは、少し呆れながらもとても嬉しそうにしていた。
後部座席に向かうと、赤ちゃん専用のシートからそっと美代の体を抱き上げる。
「ほわぁ~かわええなあ」
「ほんとに可愛い!」
和香様も七瀬も目が無くなりそうだ。
生まれてから数日経ったのだけれども、先に会った時はまだ人間になりきれていない感があったのだ。けれども今回見た彼女は、見ているだけで自然に笑みが浮かびそうなくらいに可愛かった。
「本当に可愛いでしゅ」
「人間の赤ちゃんてこんなに可愛いものとは思いませんでした」
少し離れたところで小雨とユウが寄り集って、小声でそんな事を言い合っている。
「さあさ、祐ちゃん、荷物持つの手伝って」
「わかった」
そう返事をすると、母さんの指図に従って僕は入院道具一式を家に運び込んだ。気を利かせた七瀬もささっと手伝ってくれる。
赤ちゃんを抱えた葉子ねえが家に入ると、金魚の糞よろしく雨子様と和香様が入ってくる。更にその糞の糞は小雨とユウか?
とりあえず専用の籐のバスケットに赤ちゃんを寝かせると葉子ねえは伸びをした。
「あ~~、帰ってきたぁ」
なんかしみじみ実感の全てを吐き出したかのような言い方だった。
「お風呂入れて来てくれる?」
母さんの願いに僕は黙って頷き湯を張りに行く。母さんは葉子ねえと二人で荷物を解きに行ったようだ。
風呂場から戻ると居間では、残されたメンバーが交互にバスケットの中をのぞき込んでいた。
その内の七瀬は分かるにしても二人は神様だし、更には付喪神に分霊?何とも妙ちくりんな組み合わせだと思うのは僕だけだろうか?
皆がどんな思いで赤ちゃんの事を見ているのかは分からないのだけれども、一様に優しい顔をしているのが印象的だった。
側に寄るとおっぱいの香りがして、ふにゃっととっても可愛いので皆きっと抱っこしたくて堪らないだろう。
けれども相手は首も座らない新生児と言う事で、流石に皆手を出すのが怖いのか、誰も勝手に抱こうとはしていない。
赤ちゃんは時々ムニャムニャ言っているが、この姦しさの中でも泣く気配は無かった。
何でも一姫二太郎とか言って、同じ育てるなら最初は女の子の方が穏やかで育てやすいと言うのだけれども、正にその通りなのかも知れない。
暫くして片付けが終わったのか葉子ねえ達が戻ってきた。
「御夕飯、今からだと大変だし、お客様もいるからお寿司でも取っちゃおうか?」
そう言う母さんに向かってVサインを出す僕と葉子ねえ。
小雨も出しているようだが、はたしてお前は何のことか分かっているのか?早速母さんは電話をして寿司を頼み始めた。
その時分になると赤ちゃんは何やらむずかり始めたので、葉子ねえは手際よくおむつを見、交換した後乳を上げ始めた。
葉子ねえの授乳する姿は、ぱっと見なんとも神々しく、女性の性を感じさせるようなものは何も無かった。がしかしやはりそれでもである、僕とユウはさっと礼儀正しく顔をそらす事にしたのだった。そうか、ユウ。お前は男の仲間だったんだな。
一方女性達はと言うと、神様達も含めて真剣にその様に見入っている。
「うわ、可愛い。飲んでる飲んでる」
「ほんとでしゅ、飲んでましゅ、美味しいんでしゅかね?」
「小雨、後で少し飲んでみる?」
とは葉子ねえ。だがいくら何でもそれは小雨にとって衝撃的だったようだ。
「みゃ~~~!」
とか何とか叫びながら、真っ赤になった何かがどこかに飛び去っていったぞ?
その後暫く経って授乳が終わったのだが、小雨の姿が見えない。
一体どこに行ったんだと心配していたら、寿司の宅配とともにしっかりと元の場所に戻っている。
その寿司は、人数の加減もあってかなりの量だったのだけれど、皆の手で手際よく配膳される。
そして食いしん坊達は既にしっかり臨戦態勢を整えている。
「みんな席に着いたかしら?」とは母さん
「「「「「「「はぁ~い」」」」」」」
と、皆で異口同音の返事、実に賑やかだ。
未成年である僕と七瀬は言わずもがな、授乳中の葉子ねえもお茶で済ませていたのだが、さて神様達はと言う事で母さんが聞く。
「神様方は御神酒とかでなくてよろしいのですか?」
「あ、うちもお茶でええよ。一人だけ飲んでんのってなんか寂しいやんか?」
「我もお茶で頼むの。何せこの身はまだ高校生じゃしの」
「え~~高校生なん?ほんまにほんま?」
「和香、そなた酒を飲んでも居らぬのに何故絡む?」
「そやかてなんか雨子ちゃんだけ楽しそうやん。うちも高校生しようかなあ?」
「ぶっ!」
お茶を飲んでいた僕は思わず吹き出しかけた。
「大丈夫祐二君?」
と七瀬が僕の口の周りを拭いてくれようとするが、おま、それ?テーブル拭きじゃん?
それを見ていた葉子ねえが腹をかかえて笑う。横ではユウと小雨が無言で次々と寿司を平らげている。
雨子様と和香様は果てなくわいわいと言い合っているし、こんなに騒がしくして平気なんだろうかと、バスケットの中味を見ると、美代は幸せそうな顔をして安らかに眠っている。
それら全てを目に納めながら母さんが満面に笑みを浮かべている。
「どうしたの母さん?何かあった?」
「ううん、何も無いんだけれど、でもね。幸せってこんな光景を言うんだなってしみじみ思ったのよ」
するとその言葉を耳にした神様方は、それまでの言い争いをピタリと辞め、しみじみと頷いてみせるのだった。
「正に善き哉」
そう言う雨子様は本当に嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。
本作ではあの世というものを考えては居ないのですが、本当のところ美代ってどうなんだろう?




