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天露の神  作者: ライトさん
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病室にて

新たな命が生まれるというのは本当に凄いものだと思います。

思うに結婚も子育ても色々考えちゃうけれども、その実えいやって言うところが大きいかも?

 病院に着き、ナースステーションで案内を受けて葉子ねえの病室に向かった。

部屋に行くと丁度看護師さんが葉子ねえから赤ちゃんを受け取っているところだった。


「あら、ギリ間に合ったのね?」


とは母さん。葉子ねえがこちらを見たので手を振るとにっこり笑みを返してきた。


「これから保育室に戻るところなんですよ」


 看護師さんがそう言いながら、僕達三人にそっと赤ちゃんの顔を見せてくれる。

父さん、僕、雨子様の順で覗き込んだのだけれども、なんだかくしゃくしゃの顔で、未だ人間に成り切れてないのでは?なんて不謹慎なことを思ったのは僕だけなんだろうか?


 最後の雨子様が覗き込んだ時に赤ちゃんが笑った。

雨子様は目を丸くしながら、それこそ瞬きもせずに赤ちゃんのことを見つめている。


「笑ったぞえ?」


 雨子様がそう言うと看護師さんが教えてくれた。


「新生児微笑と言って本当の笑いでは無いのですけれどもね…って、この子ったら本当に笑っている様に見えますね?こんな事って有るのかしら?」


 一通り皆に目通りさせてくれた後、看護師さんは首を傾げながら保育室へと向かって行った。


「ちっちゃいなあ」


僕の最大の感想がそれだった。


「小雨ぇよりも小さいでしゅ」


とは、それまで大人しくしていた小雨。


雨子様はその小雨を招き寄せると頭を撫でた。


「よう守をしたと見えるの小雨。褒めて遣わす」


「お産の時もずっと頑張れ頑張れって応援していてくれたのよ」


とは葉子ねえ。


「おはようございます」


部屋の隅の椅子で寝ていた誠司さんがもそもそと起きてきた。


 見た感じ今朝の父さんと同じように草臥れ果てている。何でも簡易寝台は一つしか無かったとのことで、それは母さんに譲って、椅子で眠って一夜を明かしたらしい。

そりゃあ疲れる訳だ。


「葉子、お疲れ様。よく頑張ったね」


 父さんが葉子ねえのところに行くと、そう言いながら頭を撫でた。

葉子ねえは最初驚いたような顔をしていたけれども、直ぐにとても幸せそうな顔をしながら涙ぐんでいた。


「うん、頑張った」


そう言うと今度は大きなため息をついた。


「はぁ~~~~、出産ってあんなに痛いものだとは思っても見なかったわ」


そう言う葉子ねえに母さんが苦笑しながら言う。


「でもね葉子、その痛みは忘れる痛みなの。何ヶ月かするともう次の子が居ても良いかなって思うのよ。もっとも子育てが忙しい内はそんな気には成らないけどね」


 僕の中では、出産ってとんでもなく痛くて大変な出来事だという認識があっただけに、忘れる痛みという母さんの説明が何とも新鮮だった。


「ほんにおなごは偉大なものじゃの」


と呟くように言う雨子様。


「何言っているの、雨子様だって神様かもだけれどもその一人じゃ無いの」


とは母さん。雨子様はその台詞に目をぐりぐりさせている。


「じゃ、じゃが我には、出産と言うものが全く想像も出来ぬ」


「そりゃまあ神様だから…かしらん?」と葉子ねえ。


「さあどうなのかしら?」とは母さん。


「ねえねえ雨子しゃま、小雨ぇは出産出来るのでしゅか?」


小雨のその言葉に皆が目を剥いた。


「一応は女形をモデルに作っておるが、小雨にはそう言う機能は付加しておらん」


「なんだそうなのでしゅか、詰まんないでしゅねえ」


小雨のその言葉に皆吹き出し、腹を抱えて笑った。


「止めてぇ、小雨ちゃ~~ん。未だ笑うとお腹が痛いのよぉ」


 葉子ねえが痛苦しい顔をしながら笑うという、何とも複雑な笑い方をしている。


「大体のう小雨や、相手がおらねば子供など出来ぬのじゃぞ?」


 雨子様が笑いをこらえながら小雨に説明している。その背後では父さんと誠司さんが必死になって声を抑えて笑っているのだが、既に半死半生状態だ。


 皆が笑いを納めた時の惨状と言ったら無かった。笑いの痛みに打ちのめされた葉子ねえはベッドの上で呆然と天井を見つめているし、男三人は脱力して座り込んでいる。

母さんと雨子様は笑いで溢れた涙をハンカチで必死になって拭っている。


 ただ一人小雨だけは釈然としない顔つきでぷっくりと膨れている。


「皆そんなに笑わなくても良いでしゅのに」


 さすがに少し可哀想になったので言って上げる。


「なあ小雨、皆はね、小雨のことが可愛いから、だから小雨がまじめに一生懸命に言うことが可愛くて、余計に笑ってしまうんだよ。でもそれで小雨が厭な思いをしたのだったらごめんね」


 本当のところは少し主旨が異なるのだけれども、それを言って小雨に厭な思いをさせるまでも無い。


「小雨、おいで」


葉子ねえが小雨にそう言って声を掛ける。小雨はふいっと宙を飛んで葉子ねえの下へ行く。


「ごめんね小雨、笑ったりして。大好きよ小雨」


そう言うと葉子ねえはきゅうっと小雨を抱きしめた。


「てへへへ」と笑う小雨


「でも小雨はお姉さんなんでしゅ、ちゃんと我慢も出来るのでしゅ。だからこれからは赤ちゃんのこと、一杯一杯だっこして上げてくだしゃいね」


その小雨の台詞に誠司さんが妙に感動している。


「おおおお、お姉さんだ!」


 それを聞いた小雨がちっこい体で、後ろにひっくり返りそうになるくらい反り返って威張っている。

まずい、このまま行くとまた笑いのツボに填まりそうだ。


 そう思ったのはどうやら僕だけでは無かったようだ。皆慌てて有らぬところへと視線をずらしている。


「はぁ~危ない危ない」とは父さん


「ところで名前とかはもう決めてるの?」


疑問に思っていたことを口に出すと葉子ねえがにっこりと笑った。


「誠司さん、例の物持ってきてる?」


「ああもちろんだよ」


 そう言うと誠司さんはがそごそと自分の鞄の中を探り始めた。


「一応ね、誠司さんといくつか名前の案は決めてあって、お産に入る直前に二人でこれにしようって決めたのがあるの」


 そう言う葉子ねえのところに誠司さんが一枚の紙片を持ってきた。


「では披露します」


 そう言う葉子ねえの言葉に従って誠司さんが紙片を広げた。

そこには


【美代】


と書いてある。


「美しく健やかに人生を過ごせるようにって決めたのよ」


と、葉子ねえは命名の理由を説明してくれた。


「成る程すてきな名前だね」とは父さん


「少し古風かもって思うのだけれども、今ならその方が新鮮かなって思ったのよって、どうしたの雨子さん?」


 見ると雨子様はハンカチで顔を覆い、身を屈めて泣いている。


「大丈夫雨子様?」


 僕より先に母さんが側によりその身を抱き止める。

雨子様はハンカチから顔を上げると僕のことを見つめる。目が真っ赤で次から次へと涙が溢れている。


「多分、多分別なのじゃとは思う。思うては居るのじゃが、まさか、まさかミヨと同じ名の赤子とここで逢うことになるとはの…これも縁なのじゃろうか…」


 その時僕は雷に打ち抜かれるように感じながらその名の意味を思い出した。

雨子様にとってその名は、忘れられぬあの子守歌の歌い手、飢饉の犠牲者の名前だったのだ。


 たとえそれがたまたま名前が似ていたと言うだけのことで有ったとしても、雨子様にとってはより以上の思いが湧き起こってくるだろう。


 だが、だとしたら先ほどの赤ちゃんの笑いが気になる。看護師さんが新生児微笑にしてはと言っていたあの笑い。さてどうなんだろう?


 そんなことを考えていたら皆の視線が僕の下に集まる。


「祐ちゃんは何か知っているのね?」とは母さん。


 果たしてこの問いに、素直に答えた物なんだろうか?

背後にとても悲しい物語があるだけに、ここで話してしまうのは相応しくないだろう。そう考えた僕は別の回答をすることにした。


「うん、知っている。でも物凄く長い話になるので今ここですると皆疲れてしまうんじゃ無いかな?またそのうち折を見て話すとして、今日はこの辺で失礼した方が良いと思うのだけれども?」


 僕はそう言いながら母さんのことを見た。果たして母さんはその意を理解したのか、それとも関係無しに最適解を見いだしていたのか、僕の意見に同意してくれた。


「そうね、葉子もそろそろしっかりと休んだ方が良いし、誠司さんも限界じゃ無いかしら?私がお風呂入りたいって言うのも有るしね。お暇しましょうか?」


 場を読んだのか皆三々五々頷きながら帰り支度を始める。


「小雨!」


僕がそう言うと小雨が飛んできた。


「何でしゅか、祐二しゃん?」


そこで僕はお菓子や菓子パンなんかの入った買い物袋を見せる。


「これを葉子ねえに預けとくから、お腹空いて辛抱たまらなくなった時とかに貰って食べて。これが無くなる頃にはまた母さんが持ってきてくれると思うから…」


 僕がそう言いながら袋を葉子ねえに預けていると、小雨が僕の首っ玉にしがみついてきた。


「祐二しゃん!大好きでしゅ!」


そう言いながらすりすり自分の顔を押しつけてくるから、くすぐったくてたまったもんじゃない。


「分かった分かった。分かったから小雨」


 なおも親愛の情を示してくる小雨のことをそっと葉子ねえのもとに押し返した。


「じゃあね葉子ねえ、学校帰りにでもまた寄るようにするよ」


「あんまり無理しなくても良いからね」


「小雨、これからも頑張るのじゃぞ?」


「あい、雨子しゃま」


「今日はありがとうね、雨子さん」


そう言いながら二人はそっとハグし合う。その後葉子ねえと誠司さんは小声で何か言葉を交わしていた。


 それを後ろに僕達は葉子ねえのもとを辞し、帰宅することにしたのだった。



笑う門には福来たると言いますが、きっと小雨の周りには一杯福が来ると思うなあ

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