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天露の神  作者: ライトさん
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出産直前

新たな命が産まれてくると言うのは、やっぱり凄いものだと思います。

雨子様をして同じように思っているようです

 授業を終え、家に帰り着いたものの僕たちには待つことしか出来なかった。

それこそいざと言う事態が起ころうものなら、雨子様を引き連れて特急で病院に向かうつもりだったが、今のところそう言う連絡は無い。


 何でも母さんからの連絡によると五時頃分娩室に入ったとのこと。看護師さんの話では破水したとかでいよいよ本番らしかった。


 旦那さんの誠司さんは夜八時頃着くとか言っていたので、丁度間に合うくらいかしらとの話。

父さんにも連絡したところ、今日ばかりは早めに帰ってくるんだと息巻いていた。


「何とも落ち着かんものじゃの」


雨子様が独り言のように言う。


「小雨がお腹空かせてないかな?」


 小雨は葉子ねえの身近で、その身の安全を図るべく付きっ切りになっている。だから母さん経由だけで無く、小雨経由でも雨子様には情報が入ってくるようだ。


「幸いなことに小雨は、母御が夕食を食べる時にご相伴に預かったそうだ」


「それは良かった」


 いつもお腹が空いたと言い続ける小雨のことだから、ひもじい思いをさせているのは何とも気の毒に思っていたのだ。

すると雨子様が破顔した。


「それがのう、小雨の奴」


実におかしそうに言う雨子様の言葉の続きを待った。


「母御の側で腹が減った腹が減ったと何度も言うものじゃから、しっかりと食べさせてやったら、結構な量となり居ったようで…」


その場のことを想像して僕は目をぐるりと回した。


「きっとその店の人、母さんのことを凄い大食漢だと思ったのだろうな…」


「くっくっく、正にその通りじゃ。母御は真っ赤になって恥ずかしがっていたそうじゃぞ」


「それは母さんも災難だったなあ」


「まったくじゃ。母御はその後は菓子パンなぞ買ってきて、小雨には別に喰わせることにしたそうな」


「それが正解かも知れないですね」


「そうじゃな、じゃがまあ小雨も、相当気を張って居るようじゃしの、多少のことは母御も許してくれよう」


 そんな食事についての話をしていたところ、僕のお腹が盛大な音を立てて空腹を主張した。


「むう、我らも腹を満たさねばいざというときに動けぬの」


「何か取りましょうか?」


「よい、母御から出かける前に今夜のメニューを聞いて居る。我が支度するが故待つが良い。ただそうじゃな、ホットプレートを用意しておいてくれると嬉しいの」


「了解、これを出すと言うことは何だろう?」


「今夜は焼きそばじゃ、これ位なら我にも作れる故、楽しみにしているが良い」


 最近雨子様は機会がある度母さんに料理の手ほどきを受けている。

最初の頃こそ母さんも、雨子様に料理を教えるなんてと、ちょっと腰が引けていたのだけれど、近頃はそれもまた結構楽しいらしく、和気藹々とキッチンで一緒に居る。


 そのお陰もあったのか、或いは雨子様自身に元々才能があったのか、包丁さばきなどはあっと言う間に母さんも舌を巻くほどになっていた。


 だが今作ろうとしている焼きそばにそんなスキルは必要ない。ざっくり肉と野菜なんかを切るだけ、だがそれでも手際の良さは光っている。

プレートをきれいにし、軽く油を引き、まず最初に細かく切ったウインナーを炒める。これで焼きそばに香り付けするのが吉村家流の焼きそばだ。


 ある程度火が通り香ばしい匂いが立ち始めた時点で、肉を入れて適度に炒める。ざっと火が通ったところに野菜をどかっと入れ、その上に麺を載せて更にその上からソースを掛ける。

野菜の蒸気で麺が蒸れ始めたら菜箸で麺をほぐしながら全体を混ぜつつ、ソースが行き渡るようにする。


 それで十分にソースが混じり火が通ったら、最後に花鰹と青のりをかけて出来上がり。

丁度そこへ父さんも帰ってきた。


「おっ!美味そうな匂いだな。今日は先に食べるか」


 そう言うと父さんは慌てて部屋に着替えに戻った。父さんもこの焼きそばが好物なのだ。

部屋に戻ったかと思う間もなくバタバタと父さんが帰ってきた。


「この香りこの香り、祐二が作ったのか?」


僕は苦笑いをしながら説明した。


「今日のは雨子様が作ってくれたんだよ」


「何?雨子様が?」


 父さんは普段仕事で居ないので、雨子様が母さんから料理を学んでいることを知らない。


「なあ祐二、本当に雨子様が?」


「だからそうだって言ってるじゃ無いか」


 父さんはぎぎぎと音がしそうな感じで頭を向けると雨子様に言った。


「これはお見それしました。まさか雨子様に食事を作って頂けるとは…」

 

その様を視て雨子様があんぐりと口を開けながら言う。


「そなた何をそんなに驚いて居る?ただ肉と野菜を切って炒めただけでは無いか?」


「え?そうなんですか?」


と言いながら僕の方を向く父さん。僕は大きく頷いて見せた。


「父さんはもう少し料理のことに興味を持った方が良いのじゃ無いかな?誰が何をどうやって作ったとか…、まあ仕事が忙しいとかは分かるんだけどさ」


「分かった、検討する」


「そこのところ今のうちちゃんとしておかないと、母さんに見放されちゃうよ?」


「それはいかぁ~~ん」


等と何やら騒いで居るが、ともあれお腹が減ったので無視しつつ


「頂きます」


そんな僕たちの様子をにこにこと見守っていた雨子様が応える。


「うむ、召し上がれ」


 そうやって食べる夕食は、幾人か欠けるメンバーも居はしたのだけれども、とても楽しくとても美味しかった。


 普段なら焼きそばと合っては必ずビールを飲む父さんだったが、今日ばかりは控えている。やはり葉子ねえの出産が気になっているのだ。


 夕食を食べ終え後片付けをしながら僕は時計を視た。時刻は二十時を回っている。母さんから追加の報告はまだ無い。


 食卓に三人が揃い、静かにお茶を飲んでいる。今日はテレビを付けることも無く、皆何となくぼうっとしている。

父さんはやはり仕事の疲れもあるのか、時折舟を漕いでいる。


 ゆるゆるとただ時間が過ぎていく。なのにどこかピンと張り詰めたものがある。

なんとはなしに口を付けては湯飲みからお茶を飲む。ふと気が付いたらもう何も入っていなかった。


 ふと見ると雨子様も同じような仕草をしている。


「母御が居れば知らぬ間に茶を淹れてくれるのじゃがな」


「済みません気が付かなくて、直ぐ淹れますね?」


「いやそうでは無い、そうでは無いのじゃ」


そう言いながら雨子様は湯飲みの縁をそっとなぞる。


「そうじゃな、あえて言うなら母御がいないのが寂しい?と言うのが正しいのかもな」


そう言うと雨子様は自ら席を立ち、急須の茶葉を入れ替えた後、皆の湯飲みに新たな茶を注いだ。


「黙っていてこちらが気が付きもせぬ間に、こうあって欲しいなと言うことを素知らぬ顔をして満たしてくれる。そなたの母御の存在は何と言うか代えがたきものがある。まるで奇跡のような気遣いの仕方…我も見習いたいと思うてしまうのじゃ」


 時々感じるのだけれども、もしかして雨子様は母さんのことを尊敬している?

台所で立っている時も、そのほか何か家事を習っている時も、雨子様はきらきら光る目をしながら母さんのことを見ている。


「うむ、そんな母御が付いて居るのじゃ、葉子は大丈夫じゃよ」


 そう言うと雨子様は軽く目を瞑って知らせが来るのを待つのだった。

知人に、普段は普通の量しか食べないのに、焼きそばの時だけ普段の量の三倍くらい食べる奴がいます。

どこに入るのでしょうね?

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