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雨子様昔語り四

超難産でありましたが、何とかここまで書けました。皆様のお力添えのお陰と深く感謝申し上げます


こちらのシステムが色々変化して戸惑っております。まあそれは良いのですが、読んで頂いた方の数が残って、それがまた次を書こうという励みになっていたのが、その励みと成るものがどこに行ったのか分からないというのが、何とも悲しいなあと思っています


その後無事上記問題は解決しました。皆様今後ともよろしくお願い致します^^

 翌年は豊作と言うほどでは無かったが、まずまずの収穫の年だった。


『先年生まれた女の赤子を抱えてミヨは良く社の我のところへ遊びに来たものじゃ』


 雨子様はまさにその時の光景を今目の前にしながら。しみじみと僕に語った。


『ミヨはまだ母となるには些か若すぎるきらいがあったが、赤子を慈しみあやすその姿は神々しいての、もしかすると我よりもよほど神に見えて居ったかもしれん』


 そう言うと雨子様はくくと笑った。


『いつしかミヨはすっかりその男の下に嫁ぐを夢見る女となっておった。じゃからもしかすると妹たちの世話をすること自体、ある意味予行演習のような気持ちでおったのかもしれんの』


 僕は雨子様の目を通して、その当時の子育てを見ていく。

しかしそれは現代の育児環境からは信じられないような物だった。


 赤子がぼろ布にでも包まれているようならそれはましな方で、叩いて柔らかくした稲わらのような物に包まれていることが多く、裸の時も有った。おむつなどが見られることはまず無く、ある意味垂れ流しなのである。

 しかし、現代の育児状況とは異なって、見ることが適う人全てが積極的に育児に関わり、子供の面倒を見るのである。


 男達は機会があればはだけた上半身にそのまま赤子を抱いていることが多かった。

現代の子育てのことを考えると、良くあれで無事元気な子供が育っているなと思うのだが、話は逆なのだ。


 そう言う環境でも生き残った子のみ、その後の生を繋いでいったというのが正しいのだ。

まったくもって子だくさんになるのも仕方ないかなと思った。加えて言うなら避妊法など無いのであるから当然と言えば当然なのかも知れない。


 現代のように消化が良くバランスの良い離乳食など無かったから、乳離れも非常に遅かった。しかし母親達は面倒がること無く、赤子が空腹を訴えて泣くとせっせと乳を与えていた。


 その時ちゃんと食する物があれば乳の出も良く、赤子は笑い、皆も明るく楽しく居心地の良い暮らしが続くのだった、

 皆の心は明るく、この先更に満たされた未来が来ることを信じ、作物が実れば感謝をし、祭りを行う。

 その時は雨子様の社にも色々な供物が捧げられていた。


『今思えばの、こういった供物をちゃんと頂き、取り置いておけば良かったと思うの…』


『それは?』


『翌年にやって来た恐るべき飢饉、その時に過去幾年にも渡る供物がもし手元にあれば、たとえ僅かな数の人間でも救うことが出来たかもしれんと思うての…』


 僕は雨子様のその言葉を聞き、理解し、胸の奥に落ち着いた時に、雨子様が感じていたであろう何とも言えない苦渋と悲しさの片鱗を知ったように思う。


 翌年の初夏は雨ばかりが続いた。お陰で作物は育たず、肌寒い気候もあって陰鬱な雰囲気が人の心の中に広がっていく。


 不安という思いは他のどんな感情よりも強く人の心を支配していく。

既にその影響は子を育てる女達の乳の出に現れ始めていた。お陰で赤子達は腹を空かせて不機嫌になる、泣くことが増える、それがまた人の心を荒ませていくのだった。


『どうしてこんな気候になったのですか?』


僕はたまらず雨子様に聞いた。


『どうやらこの頃の太陽活動に原因があったようじゃ』


『太陽活動?』


『うむ、あくまで観測結果に基づく推論でしか無いのじゃが、和香はそう言っておった』


『雨子様は和香様のことを大神と言っておられましたが、あの方にも手を打つことは出来なかったのですか?』


『大神とはゆうてもそれは比較の話の上でじゃ。和香であったとしても可能なのは限られた地域での降雨の制御位じゃ』


『確かに天候の操作は難しいのだろうなあ』


『む?何故そなたがそう思うのじゃ?』


『先ず一つ、神様達って人の幸せを願って下さっているじゃ無いですか?』


『むう、まあそうであるな』


『だとしたら一つの土地に雨を降らすことで他のどこかの地に干ばつを及ぼすかも知れないとしたらどうでしょう?そんなに簡単に天候をいじる訳には行かないじゃ無いですか?』


『成るほどの』


『それに僕達の言葉にバタフライエフェクトって言うのが有るのですが、有るところで蝶々が羽ばたくとその影響が徐々に他へ派生していって、他の土地で竜巻になるって言うものなんです。天候制御って正にそう言うところがあるのじゃ無いのかなあ?』


『なんとな、全く以てそなたら人には本当に驚かされるの。我らから見るに、矮小というか卑小とも思えるその身と能力でもって、いかにそのような神慮を計るようなことを知っておるのじゃ?』


『まあこういった事柄も、他の人が考えたことの受け売りでしか無いのですがね』


『それでもじゃ』


 雨子様とそんなことを話しながらなおも雨子様の記憶を目にしていく、ここから先の惨事は何となく想像は出来るが、想像と現実の間には大きな落差があるものだ。


 初夏を過ぎ、もう間もなく夏になるかという頃、ようようにして天候は回復し、田畑に日差しの恩恵がもたらされた。


 百姓の仕事に勤しむ者達はそれこそ大喜びをしながら、せっせと作物の世話に群がっていた。


 その姿を見ていた僕たちは、本当で有ればともに喜びたい気持ちで一杯だった。しかしこの後その努力が無駄になることを既に知っているだけに、何とも憂鬱な気持ちで一杯になってしまっていた。


 天の恵みたるお日様の光を浴びて、すくすくと作物が育ち始めた矢先である、冷夏をもたらした常ならぬ大気循環の仕組みが、大陸から悪虫の群れを招き寄せたのだった。


 雲霞のごとき大群という言葉があるか、実情はその言葉以上のものだった。

空を覆い、日の光を遮り、田畑の姿が見えなくなるほどに押し寄せた虫は、瞬く間に作物を枯らし、人々の希望の灯りをいとも簡単に吹き消した。


『これほどのものとは…』


 僕はそう言葉を漏らすだけで精一杯だった。

今の世ならば例え何があったとしても、いくら困窮することになろうとも、他国から食料を輸入するなりして、おそらくは何とかなっただろう。(勿論現代の日本の実力を持ってしての話である)しかしこの時代では、この時代では打つ手は無い、そう思わざるを得なかった。


 やがてに肌寒き夏が過ぎ、雲霞によって枯れ果てた田畑は既に冬の野原のようになっていた。まるで同じ場所とは思えないような風景だ。


 だがそれでも人は生きることを諦めようとはしない、何としてでも生き抜こうとするものだった。


 野山にあって口にすることが出来るものは全て口にし、普段なら食べられると考えないようなものまで食べて、人々は生き延びようとした。


 しかしそう言った努力にも自ずと限界がある。当たり前のことではあるが、命を失うのは最もか弱き者達からだ。


 乳の出なくなった乳首を必死になって赤子に含ませる母親達。けれども自らも既に頬こけ、痩せ衰えているのにどうして乳が出よう。


 元よりか弱き息を漏れ出るようにふっと吐き出し、命絶え果てていく赤子達。腹が空いたと泣く為の力とて無く、まるで蝋燭が吹き消されるかのように音も立てずに命の灯火が消えていく。


『我はの、神と称されるこの身の無力をどれほど嘆いたことであろうの』


『そんな…雨子様の精じゃあ無いじゃ無いですか?』


『じゃがの、それでもなのじゃ、それでも我は神と頼られしものなのじゃ』


 僕はその時、祈りを通じて神様達がいかに重い物を人から課せられているのかと言うことに気が付いてしまった。


 安易に日々を暮らし、気軽に祈ったりもしているのだけれども、これを知ってしまうと、もっともっと心底神様に感謝の念を伝えなくては成らない、そんな風に思うのだった。


 赤子達の死に絶えた後は、体力の無い幼子達が続く。

目が落ちくぼみ、草の根をしがみ、木の皮を噛み、大地に潜む虫すら口にした。

当然のことながら彼らは腹を壊し、痩せ衰えていく速度に拍車を掛けていった。


 もう僕は何も見たくない、目を閉じたい、耳を塞ぎたい。何度そう思ったことだろう。

だが今は雨子様の目耳を間借りしている状態、記憶の流れが途切れぬ状態。

否応なしに悲惨な現状が僕の中へと流れ込んできた。


 そんな目を覆いたくなるような惨状が続く中、雨子様の社へと一人の人間がやって来た。

余人の例に漏れず痩せさらばえている。


 目を凝らし良く見ると何となく面影がある、誰有ろうそれはミヨだった。

ミヨはその胸元に小さな塊をとても大事そうに抱きしめている


『?』


僕は言葉にならない言葉で雨子様に聞いた。


『あれはの、ミヨが一番可愛がって居った、下の妹よ。自分が食べるものも我慢して喰わせて居ったというのに、だめじゃったのじゃ…』


 そう答える雨子様の言葉からは丸で全ての生気が抜け落ちたようだった。

だが雨子様の社に向けられるミヨの様子がどこかおかしい。


「雨子様、雨子様、ミヨでございます」


と、ミヨの前に僕が初めて会った頃の姿形をした雨子様が現れた。


「ああ嬉しい、雨子様、ミヨでございます。これなるは私の下の妹サヨでございます」


 そこまで言うとミヨは地にひれ伏し、額を土に擦りつけた。

既に息絶えている妹を抱え、未だそのことを知らずに必死になって雨子様に縋り付こうとするミヨ。


「私はどうなっても構いません。どうかこの子、この子だけはお救い頂けませんでしょうか?」


そう言いながら雨子様にしがみ付こうとするのだが、今は実体の無い雨子様、ミヨの手は空を掻くばかりだった。


 目の前に居る雨子様は言う、それは勿論過去の雨子様自身だ。


「ミヨよ、その子は既に死んで居る」


「いいえ、いいえ、違います。この子は眠っているだけなんです。でも腹を空かせて直ぐに目を覚まします。その時この子が泣かずとも済みますようどうかお助け下さい」


「じゃがのミヨ…」


「そう、眠っているだけなんです…」


 そうしてミヨは歌い始めた、彼女がむずかる妹を寝かしつける為にいつも歌っていた子守歌を。力なくところどころ掠れ、嗄れたその声からはかつての美しい歌声など、想像しようも無かった。だがミヨは必死になって妹の為に歌うのだった。




       ねんねこねんねこねんねこりん

       泣く子をいだゐて角参り

       止まらば泣くよまた歩む

       よよんよよよんよよよんよん

       愛で子抱えて参りはべり

       おまんま食へざらば乳は出でず

       どうか下され黄金の穂

       雨が降らざらば先ゆかず

       よよよんよよよんねんねこりん

       雨宮参り宮参り

       よよよんよよよんねんねこりん



 僕は囁くようなミヨのその歌声に耳を傾け、既に過去の出来事であると言うことを理解しつつも、何もして上げることの出来ない自分に無力を感じ、怒りを感じ、深い悲しみを感じていた。


 ふと気が付くとミヨの歌は既に終わっている。見ると彼女は地に伏せっていた。


『ミヨもの、あれが最後の力であったのよ…』


 静かに、溢れる悲しみをどうやって抑えれば良いのか、その方法さえ分からずに、絞り出す様にその言葉を僕に伝えてくる雨子様。


 目の前に居る過去の雨子様がすっと大地に足を付け、横たわっているミヨの頭を抱え上げた。おそらく顕現し、生身の体でミヨのことを抱きしめたのだろう。


「まだ十五にしか成らぬのに、何故に斯様に良き子が死なねばならぬのか…まだまだ生きてやらねばならぬことがいくらでもあろうというのに…」


 そう言うと過去の雨子様は優しくミヨの頭を撫でながら、静かに彼女の最後に歌っていた子守歌を口ずさみ、涙に暮れるのだった。


『雨子様…』


 僕にはそれ以上どう言って上げれば良いのか分からなかった。何も言わなくても、何もしなくても雨子様の悲しみが心の中に染み込んでくる。


『祐二よ、これがそなたに歌ってやった子守歌の由来ぞ。色々と嫌な思い、悲しい思いをさせて済まぬの。じゃが我はそなたにも知って欲しかったのじゃ、そして遙か過去に居ったミヨのことも覚えておいて欲しかったのじゃ。我の我が儘じゃな…』


 雨子様の言葉をそこまで聞いていた時点で、僕は眠る時のように意識の消失していくのを感じていた。深い深い悲しみも、深い深い眠りの暖かな闇の元へ融けていく。




「…ん…」


 深い深い眠りの奥から目が覚める、丸で蘇りを経験したかのような気分だった。


 時折顔に落ちる熱い粒。何だろうこれは?

見るとそれは僕の頭を抱えたまま、時折流す雨子様の涙だった。


「…雨子様?」


「ん、目を覚まし居ったか、我が愛し子よ」


「はい…雨子様も本当にお辛い経験をしてこられたのですね」


「うむ…そうじゃな。永く生きて居ればそんな事も沢山有ろうて。じゃがの、その悲しみも幼子のお陰でいつも癒やされてきたのじゃ」


「だからあの時、僕を助けてくれたのですか?」


「うむ、そうじゃの。そしてそなたによって我も助けられて居るのじゃ。さあもう夜も遅い、このまま寝てしまうが良い」


「はい…」


 僕はそう言うと雨子様に膝枕されたまま夢の中へと誘われて行った。

遠くに歌声がする、雨子様の歌う声、その歴史はとても辛く悲しいものだったが、歌そのものは果てなく優しいものだった、僕はそう思う。

物語を書きつつも、現実の凄まじさに恐れおののいてしまいました

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