雨子様昔語り三
内容が内容だけに難産です。なので些か短いものが続いていますがどうかご容赦の程お願い致します。
その後もミヨはすくすくと育ち、家族の愛情に包まれて育っていった。自由に走り回れるくらいに育つと、自ら当たり前のこととして家の仕事を手伝ったりもしている。
学問こそ学ぶ機会は無いのだけれども、一を教えれば十を知るような、実に聡明で、しかもとても情け深い子供になっていった。
この当時の有り様として、出産を開始した女性は次から次へと子供を産む。
たまたま、ミヨが産まれてから数年の間は産まれてこなかったのだが、その後は一年おきくらいに子供が産まれていた。
もちろんその子らが皆全て成長した訳では無い。少なから無い命が再び無へと帰していったのはこの時代としては仕方の無いことで有った。
『第一子に関してはミヨの父御の並ならぬ願いも有って手助けしたが、その後の子らについてはなかなかそうもいかなんだ。我としては助けてやりたくも有ったが、吾作の祈りのりがそれに値するだけのものに至らなかったが故に、我にもその力が無かったのよ』
そう言う雨子様からはどこか寂しそうな思いが伝わってくる。
だがそれでも育てねばならないこの数は多い。
当然のことながらミヨもまた子育てに狩り出されることになった。野良仕事に狩り出されたり、近所の子らと遊ぶ時でも常に彼女は弟か妹を背負っていた。
貧乏暇無しと言うが、ミヨが子供を背負って天露神社の社に祈りを捧げに来るくらいの時間は合った。
「雨子様雨子様、今日は燕が来ました」
「雨子様雨子様、今日はお天気が良いので眠たくてたまりません」
等と色々なことを雨子様に話しかけてくる。
やはりそのように接されると雨子様も可愛くて仕方なかったのだろう。最初の内はいくら話しかけられても相手をすること無く、黙りで居たのだったが、そのうち少しずつ返答するようになっていた。時に姿を見せることすら有った。
時折ミヨが柿などの果実を持ってきた時などは、請われて仕方なく顕現してみせることも有ったようだ。
「雨子様、これとっても美味しいですよ、どうぞ食べて下さいね」
ミヨはそう言っては自分が食べるよりも先に雨子様に勧めてくる。
結構そんな時のミヨは押しが強く、当初は神に食べ物は不要と言っていた雨子様も、仕方なくつきあいで幾ばくかの食べ物を口にするようになっていった。
実際にはこの時は未だ受肉しては居なかったので、食べ物の善し悪しはおろか味など一つも分からなかったのだけれども、一緒に食べるミヨが幸せそうにしているのを見ていると、自身も何となく満たされる気持ちになっていた雨子様だった。
春が来て夏が来て秋が来、そして冬を迎えて一つ年を経ていくミヨ。
雨子様自身は変わらぬ身で、ミヨの育っていく姿を心から慈しみ喜んで見守っていたのだった。
そんなミヨが十二になった頃、村に雑貨商いの担い商いの男がやって来た。
男は主に髪油やちょっとした薬、装飾の付いた櫛などを商う今で言う行商人だった。
たまたまミヨの家を訪れていた時に、男はなにやら病の襲われ倒れてしまい、幾ばくかの金を払って逗留させて貰うことになったのだった。
雨子様の説明によると男の脳の血管に異物が流れ込み、そのせいで血流が遅滞して目眩が起こったり吐き気を催したりするのだそうだ。酷い場合には障害が残ったりもするそうなのだが、彼の場合は軽度で、暫くすれば元通りに動けるようになるとのことだった。
幸いこの頃の村はここ数年豊作続きで、食べる物に困ることも無く、野山にも様々な食材が溢れていたので、人の良い吾作は何時までも逗留すると良いと言って、彼の面倒をミヨに看させたりしていたのだった。
元々病が深刻な領域に達していなかったこともあり、また、ミヨの献身的な看病と言うこともあって数ヶ月という時間は掛かったものの、男は無事回復していった。
最初の内こそ闘病と言った感じだったが、急性の症状が終わった後はもっぱら動きにくくなった体を動かすことに時間が使われた。
その時に男はミヨとの間に次第に深い絆を作り上げていったのだった。
因みに男は元武士の出という事も有り、ある意味この時代の知識階級であったとも言える。
その男の存在が好奇心旺盛で知識欲に溢れていたミヨの心を虜にしていったというのも頷けることだろう。
男にとってミヨという存在は、自分のことを助けて献身的に動いてくれる存在であり、打てば響くように自分の発した言葉に的確に返事をしてくれる殆ど唯一の存在だった。
この二人が互いの様々な部分で相手と共感していき、お互いに好き合ったとしても何ら不思議なことでは無かったことだと思える。
動かぬ体を慣らし、徐々に動くように男が頑張っている時に、ミヨは男の話す様々な知識を砂地が水を吸うように吸収していった。
更にはミヨは、成長するに連れいや増すように美しい女性へと変貌していった。
いよいよ体の調子が万全とも思えるようになった時、男はミヨの父親に言った。
「俺は今は行商をしているが、もうあと何年か働けば店を持てるだけの金が貯まる。その時にミヨを迎えに来るから嫁に貰えまいか?」
その頃の吾作は既にミヨの心の内をよく知っていたし、彼自身この男のことを気に入っても居たので二つ返事でそれを了承した。
『そのことを聞いたミヨはまさに光り輝かんばかりだった』
雨子様はその時のミヨの様子をそう表現して見せた。
一方、そう言いつつもなんとは無しに、寂しさを感じる思いが微かに雨子様から伝わってくる。
『そりゃあ雨子様だってミヨのことは大変気に入って、大切に思って居られましたものね』
『確かにの、じゃがミヨはゆうても我にとっては早瀬を過ぎゆく船のような存在じゃ。我が元に止めて愛でる訳にもいくまいて』
この時ミヨは齢十三歳、男は三年後という約束でミヨとの結婚の誓いを立て、将来のことを夢見て意気軒昂にこの地を去って行った。
そしてミヨ自身も、惚れた男が迎えに来てくれることを夢に見つつ、その日が少しでも早く来るようにと家の仕事に精を出そうとするのだった。
その年の秋は大変な豊作だった。誰もがこれから先やってくる未来が大変明るいものだと信じていた。だがその予感は必ずしも正しいものでは無いと言うことを知るのに長くは掛からなかった。
飢饉というのは調べれば調べるほどに悲惨なものだったのだなと感じます




