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天露の神  作者: ライトさん
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雨子様昔語り一

今回から少し寄り道するお話です


※ミヨの年齢修正入れました

「ねえ雨子様、その歌前にも歌っていたこと無かった?」


「ん?祐二か、起きたのかえ?」


「なんだかいつの間にか眠ってしまっていたみたいだね」


「本を床に落としたまま大きな口を開けて寝ておったぞえ」


「え?マジ?」


「冗談じゃ、本を手から落としていたのは本当じゃが、童のような屈託の無い顔で寝て居ったのは本当の事じゃ」


「不覚」


「なぁにが不覚じゃ。そなたなどまだまだ童も同然じゃ。じゃから昔を思い出してしもうて子守歌なぞ歌うてしもうたは」


「そうか、子守歌だったんだ、なんだかとっても懐かしいような感じがしたよ。もう一度ちゃんと聞いても良い?」


「む?今そなたの前で歌えと申すか?」


「だめ?雨子様?」


そう問う僕に雨子様は少し顔を赤くしながら答えた。


「むう、妙に強請り上手に成りおって」


「だって僕は童ですから…」


「ええい、小癪な、じゃがまあ良いは。聞かせてやるが故大人しゅう聞くが良い」


       ねんねこねんねこねんねこりん

       泣く子をいだゐて角参り

       止まらば泣くよまた歩む

       よよよんよよよんよよよんよん

       愛で子抱えて参りはべり

       おまんま食へざらば乳は出でず

       どうか下され黄金の穂

       雨が降らざらば先ゆかず

       よよよんよよよんねんねこりん

       雨宮参り宮参り

       よよよんよよよんねんねこりん


「なんだか不思議な歌ですね、いつ頃の子守歌なのかな?」


「そうじゃな、かれこれ三百年近く昔のものじゃと思う」


「そんな昔のものなんだ、でも現代には伝わっていないのかな?」


「さてのう、じゃがもしかすると伝わって居らぬかも知れぬの」


「どうしてそう仰るのですか?」


「何故ならの、かの歌はとある女童が拵えた歌での、そのものは…」


 そこまで言うと雨子様は急に押し黙ってしまった。

そして窓の外に顔を向けると静かに熱い吐息を付いた。


「あれはの、この国の民の多くが飢え、数多くのものが命を落とした時代のことじゃった」


 そう言うと雨子様が暫しの間口を閉じた。


「飢えのことなぞ全く知らぬようなそなたが聞いてもつまらぬ話じゃと思うが、いかがする?」


 そうやって僕に問いかけてくる雨子様の瞳に、潤んだような光が見えると思ったのは気のせいだろうか。


「雨子様さえ良かったら聞かせて頂けますか?」


「むう、分かった。では聞くが良い」


 そうして僕にとっては遠い遠い昔の話、けれども雨子様にとってはつい先日とも思える話に夜が更けるまで耳を傾けることになる、はずだった。




「当時の我は今よりはもう少しばかり力の有る神を演じて居った。もちろんゆうても和香のような大神になぞ及ぶべくもなく、今より幾分ましであったと言うことでしか無かったのじゃがの」


 そう言う雨子様は遠い目をしながら、且つ懐かしさを惜しむような表情をしている。


「その当時、この国は夏は信じられぬほど寒く雨が多かった。ようやく日が出て来たかと思うと、今度は作物に害なす悪虫が押し寄せてと、それはもう大変な環境じゃった。じゃがの、そんな中でも人々は何とか生きようと必死になって藻掻いて居ったのよ」


 僕は日本史の年表を思い起こして考えた、雨子様の言う通りの年数だとおそらく享保の飢饉に間違いないだろう。


「当時の飢餓は甚だしく、普段なら食えると思わぬようなものまで口にして居った。ところでそなたは苦しい時の神頼みと、我のところに来おったのを覚えて居るかや?」


「ええ、子供の頃、悪夢に悩まされていてどうしようも無くて、その時に偶々知って僕に道を開いてくれた言葉です」


「うむ、そしてまた当時も、言葉の形こそ少し異なっては居ったが、広く知られて居るものじゃった」


僕は黙って頷きながらそのまま雨子様の言葉に耳を傾けた。


「我もまた社を構えた神であったからその下へ、当時多くの者たちが天候の好転を願い、悪虫の退散を願い、いずこからかの救いの手が伸びることを願って、やって来たものじゃった」


 そう言うと雨子様は両の手を組み合わせ、その上に額を乗せた。そして歯を食いしばるようにして言葉を漏らした。


「じゃがの、今よりは多少は力が有ったとは言うものの、我なぞは本当に矮小な力しか持たぬ神じゃ。それどころか和香のような大神ですら、あの時の大きな自然の流れの前に処すべき力を持たず、悔し涙に暮れておった。そんな時じゃったのよ、彼の者が訪れたのは」


「彼の者?」


「うむ、名をミヨとゆうたかの。社に参ったのは確か十五位であったかの」


 そうやって話し始めた雨子様だったが、つと唇を噛みしめると言葉を止めた。


「どうかされたのですか?」


「そなたが聴きたいというから話してやろうと思うたのじゃが、何と言えばいいのかの。我の語りたいことの万分の一も伝えたいものを伝えられないような気がして成らぬ、何とももどかしい思いを感じて居るのじゃ」


 そこまで言うと雨子様はベッドの端に座り直し、僕に向かって手招きをした。


「まずはここに来やれ」


 僕は言われるがまま雨子様の元に行った。


「隣に座るが良い」


これもまた雨子様に言われた通りにする。すると雨子様はポンポンと自らの膝を叩く。


「ここに頭を載せるが良い」


「って、それって膝枕じゃ無いですか?」


 僕は焦りながら言ったのであるが、雨子様はそんな事はお構いなしに頭を押さえつけ、自らの膝にぐいと押しつけた。


 見掛け華奢に見える雨子様なのに抵抗不能で、僕はしっかりと押さえつけられて膝枕をして貰うこととなった。

仕方なしに見上げると雨子様がにっと笑って嬉しそうにしている。


「祐二よ、居心地はどうじゃ?」


 雨子様の腿は適度に弾力があってとても塩梅が良いし、それに何だかとても良い香りがする。これを心地が良いと言わずして何としよう。


「居心地良いです、とても」


 僕がそう言うと雨子様は嬉しそうににこにこしながら言う。


「そうであろ、そうであろ」


そして僕の髪をかき分けるようにしたかと思うとそっと撫で付け始めた。


「そのまま目を瞑るが良い、さすれば我の心と再び接続することが出来るであろう」


「え?また雨子様の心に入るのですか?」


 僕にとってその行為は以前死にも繋がりかねないことだったので、トラウマにもなりかけている。

 だが雨子様はそんな僕の頭を優しく撫で付けながら言う。


「案ずることは無い、前回は我の心に溶け込むようなものであったが、今回はそなたがそなたのまま我が心に入り、我に寄り添うようにして我の経験したことを追体験する、それだけのことなのじゃ」


そこまで言うと雨子様はきゅっと僕の頭を抱きしめた。


「もう二度とそなたにあのような辛い思いをさせるものか、愛し子よ」


 雨子様のその言葉に心から安らぐことの出来た僕は、体の力を抜いて静かに目を閉じた。

すとんとどこか深いところに落ちていくかのような感覚。僕はその時何故か自分が眠りについたことを実感していた。


 そしてその先、傍らに雨子様の気配を感じながら、明晰夢を見るような感覚で雨子様の過去の記憶を辿っていくのだった。 

 








すらすら書けるときも有ればうんうん唸ってなおも書けないこともあり、まさに産みの苦しみでありますね

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