接敵
今日は昨日短かった分長めです。そしてちょこっとシリアスです
僕達が寝付いてから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか?
何かの気配を感じて目を覚ました。雨子様は既に体を起こし、目を瞑ったまま何かに集中しているようだった。
何と言えばいいのだろうか?あえて言うならば気のようなものがピンと張り詰めたような?近くに何があるという訳でも無いのに、肌の上にピリピリと静電気のような気配を感じるのだ。
「祐二よ、起きて居るな?」
緊迫した雨子様の声が掛かる。
「はい、起きています」
「多分そうでは無いかと思うて居った。おそらくそなたが我の中に一度融けたことによる影響じゃの。我の感じる感覚の中の幾分かがそなたに伝わるようじゃ」
「では雨子様もこれを感じている訳なんですね?」
「うむ、じゃが今ゆうた様にそなたが感じて居るものの何倍も強力なものをの」
肌を苛むようなその感覚は周期的に強くなったり弱くなったりしている。一体これは何なんだろう?
「雨子様これって一体何なのですか?」
そう問う僕のことを雨子様は目を見開きしっかと見た。
「今この時点でこの感覚を学ぶことが出来るというのは、行幸かも知れぬの」
そう呟きながら雨子様はその場から立ち上がって僕の所にやって来た。
「念のために出来るだけ側に居った方が良いじゃろう」
そう言うと雨子様はベッドの上で僕の隣に座り、二の腕に自らの腕を絡めてきた。
「この感覚なのじゃが…今我らというか我は、一種の浸食のようなものを受けて居る」
「浸食?」
「そうじゃ、先達て我がこの辺り一帯を守る為に結界を張ったことは覚えて居るか?」
「はい」
「結界というものは極部分的ではあるのじゃが、術者の存在の延長のようなところが有るのじゃ」
「延長?」
「そうじゃ、そして今この瞬間、その結界の内もっとも軽く密度の薄いものが何者かに侵入、浸食を受けて居るようなのじゃ」
「それって大丈夫なのですか?」
「今の段階では侵入者を感知させる結界に影響が出て居るだけで、さしたる変化が起きている訳でも無いの」
「相手は何なんですか?」
「まだそれが分かる段階ではないの。おそらく相手はこちらに気がつかれたことどころか、警戒しているものが居ることすら知らぬであろうな」
「ならこちらとしては相手がどう出てくるのか、じっくり観察することが出来る訳ですね?」
「うむ、そうじゃな、そして必要十分な相手の侵入を認めた段階で、次の措置を講ずることになるの」
「と言うと?」
僕が問うと雨子様はなんだか少し嬉しそうに返答してくれる。
「今度は相手を捕らえる為の結界を作動させるのじゃ」
「いよいよ捕まえるのですね?」
「そうじゃ、素早い相手のようでもあるし、どう言う時期を捕らえて罠を発動させるのかがもっとも肝心なところとなるであろうな」
「ところで同じ結界内に僕達も居ることになるのですよね?」
「うむ」
「相手が捕らえられたことに気がついて暴れたりするって事は無いのですか?」
「当然あり得るの」
「大丈夫なんですか?」
「ふむ、そなたも色々とものを考えるようになってきて居るのじゃの?感心感心」
そう言うと雨子様は絡めた腕をほどき、僕の頭を撫でようとした。
僕は嬉しいのも半分有ったのだけれど、残り半分の照れくささが主導権を握ってしまったので、その手を巧みに避けようとした。
「これ、せっかく我が褒めようと思って居るのに逃げるでない」
「でも雨子様、今はそんな場合じゃ無いでしょうに」
「おっと、そうじゃったな」
そう言うと雨子様は苦笑した。でもこの感じを見るに雨子様にはまだまだ相当な余裕がありそうだ。
「これって葉子ねえや、その他この近辺の人に何か害が有る訳じゃ無いですよね?」
「無論じゃ、現在展開して居る敵を見いだす為の結界じゃが、これに使われて居る精は全て合わせたとしても、蝋燭一本にすら火を灯せないほど微弱なものじゃ」
僕は成るほどと思った。であるが故に敵にも関知することが出来ないほど微弱なのだろう。
「次の段階で動かす結界は、敵の存在のみ丸ごと位相の異なる空間に放り込む為のものじゃ。これを使えば、おそらくでは有るが、人間の科学文明を基礎として発生したような存在であれば、まず間違いなく捕らえることが出来るじゃろう」
「成る程、それなら中に居ても安全な訳なですね。ところで小雨はもう気がついているのかな?」
「むろんじゃ、そなたが眠って居る間に一度こちらに顔を出しよったぞ?」
何とも便りの無い見かけと喋りようだったが、いざとなるとちゃんと対応出来るようだった。
こうやって話している間にも肌を刺激するその感覚は、波打つように強弱を繰り返しながら、次第にそのの強度を増しつつ有った。
息を飲んでその来たるべき瞬間を待つ。こう言う時に待つ時間というのは実に長く感じる。後から振り返るとほんの僅かな時間で有る場合でも、その時に感じる主観時間は果てなく伸びていく。
「こやつ、結界の広さの三分の一までをも占めおった」
そう言う雨子様は少しばかり呆れ顔だ。雨子様をしてここまでとは思っていなかったのかも知れない。
「まもなく…今じゃ」
雨子様がそう言うと、それまでの肌の上を這いずり回るような感覚が瞬時に途絶えた。
実際には揺れている訳では無いのだが、微かに体全体を揺すぶられるような妙な振動を感じる。
「無事結界は閉じられたのじゃが…」
そう言いつつ雨子様は憮然としている。
「何かあったのですか?」
「有ったも有った、いや、無くなったと言うべきかの?」
「??」
「結界内に相手のほとんどの存在が侵入したかと思われた時点で罠を発動させたのじゃが、空間の位相を移したとたんに全て消えおった」
「消えた?」
「むぅ~、どう言えば良いのかの?相手の存在が、罠が発動した瞬間に自壊を始め、瞬く間に無になり居ったのじゃ」
「無に?」
「うむ」
そう言いながら雨子様は仕切りと首を傾げている。
「もしそれで相手が滅びたというのならありがたい?話なのでは有りませんか?」
「それがの、ほとんどの存在が結界内に入ったとは思うて居るのじゃが、細い細い糸のようなものが未だ少し結界の外に残って居って、定かでは無いがその部分が逃走したような気がするのじゃ」
「もしかすると侵入してきたのが本体では無くて、言ってみれば小雨、分霊体みたいなもので有る可能性が有るのですね?」
「まさにそうじゃな、言い得て妙じゃ」
そこまで言うと雨子様は、僕の机の上に有る鏡を取ってきた。
そしてとんとその鏡面に指を触れると和香様の名を呼んだ。
「和香、居るかや?」
すると鏡の中に和香様の姿が浮かび上がった。
「居る居る、待っとったで雨子ちゃん」
そこまで言うと、和香様は僕の存在に気がついたらしい。
「おや祐二君、元気になったんやな?無事雨子ちゃん助けてくれてありがとうな。ほんまやったら礼ゆうてから帰ろう思てたんやけど、色々忙しいこと有って、先に帰らしてもろてん、ごめんしてや」
「いえいえお気になさらずに」
「いやいや気にするって、一人の人間に頼むにしては大変過ぎること頼んでんのやから、今度逢うた時にでもしっかりお礼させてな」
「はあ」
押しの強い和香様にかかってはそう返答するしか無かった。
「それはそうと雨子ちゃん、今のこと、こっちでも色々見とったんやけど、雨子ちゃんとこの結界で捕まえようとしたのは、どうやら分体やな」
「やはりそうか?」
「そや、多分その分体、本体との接続が切れたことによって、量的に臨界以下になってそれで自壊しよったんやと思うよ」
「それで本体の方はどうなって居るのじゃ?」
「それがねえ、一応こっちでも追跡はしたんよ?そやけどこちらでもそちらと同じようにひょいって自壊してしっぽ切りおってん。なんや知らんけど、ものすご用心深い奴やで」
「むぅ、それではある意味出発点に戻ったようなものじゃな」
不機嫌そうにそう言う雨子様。きっと雨子様の念頭には家族としての僕達の存在が有るのだろう。
だがそのお冠顔は和香様の次の言葉で打ち消された。
「そやけどな雨子ちゃん。今回はちゃんと相手に目印つけられたと思うで」
「なんとそれは真かや?」
「うんほんまほんま、けどな、なんかそれ、物凄く希薄化しとって、今は未だ捉えられへんのよ」
とたんにがっかりする雨子様。
「なんじゃそれは?糠喜びさせおって!」
「あん、雨子ちゃん怒らんとってえな。今はまだって言うことやねんから」
「すると?」
「うん、ちゃんと手ぇ打っとるで。今丁寧に時間かけて、高性能な探知結界を拵え取るところなんよ。ただな、これはこの星全体に広げる予定やから、ちょこっと時間かかるねん」
「成る程、それなら仕方ないの」
「ただこれ作っとる間にもまた敵から何かあるか分からへんやん?警戒度上げとかんとあかんかも知れへんね」
「確かにの、我も一応打てる手をいくつか打ちつつ、守りの体制を整えるとせねばならんの」
「そやね、それでなんやけど、もし精が足らんようならゆうてな、また出来るだけ都合つけるさかい」
「すまぬの、それは助かる。ところで和香よ、他の神どもを起こすことはせぬのか?」
「それうちも考えたんやけど、相手にこちらの存在位置を教えることに繋がらんかと思て、二の足踏んどるんよ。ここまで来たらうちらのことは未だええんよ。けど他の神のことは出来たら奥の手としてあんまり知られとう無いんよ」
「なるほどの。我もそなたの意見に賛成じゃ。この段階で手の内を晒すのはさすがに悪手じゃの」
「ともあれこれから作業にかかるは。祐二君もまたね~」
和香様はそう言うと通信?を終えた。和香様の口調には物事の深刻さを和らげる働きでもあるのだろうか?僕は苦笑しつつもちょっと落ち着いたかも知れない。
だがその傍らで雨子様は仕切りと呪らしきものを拵えては空中に拡散させていた。
それはもう矢継ぎ早で、雨子様の有能さを伺わせるものだった。
「祐二よ、明日もまたあるのじゃ、もう寝て良いぞ?」
僕のことを気遣ってか雨子様はそう言ってくれる。
しかし同じベッドの上、直ぐ傍らで雨子様が活動していてはなんだか寝るに寝れない。
それでも寝なくてはと思って横にはなるが、やっぱり眠れない。
「なんじゃ祐二、眠れぬのか?」
仕方なく僕が頷くと雨子様の手がすっと目に覆い被さった。
「まあ些か気の立つことがあった故、仕方の無きことよの。じゃが明日が辛くなる、眠るのじゃ」
そう言いながら雨子様は僕の頭を撫で、…あれ?これって既視感がある?…なにやら子守歌のようなものを優しく歌い始めた。
思うに現代の日本語では無いように思うのだけれど、あれこれ考える隙も無く僕は眠りの世界に飲み込まれてしまった。
なんか和香様好きだなあ(^^ゞ




