「初詣四」
少し遅れました
そうこうする内に遠くの方から部屋に向け、けたたましい足音が迫ってくる。
誰がと言う問いを発するまでも無い、この様な神社の深奥部で、誰憚ること無くこれだけの勢いで走ることが出来る者など、火を見るよりも明らかなことなのだった。
しかしその音が、入り口近くになったあたりで急に静かになってしまう。
何故にと思う間もなく、ゆっくりと静かに扉が開かれ、そこにはこの神域の主、和香が姿を現すのだった。
「和香様…」
さすがに部屋に入る時だけ取り繕ったとて、そこに至るまでの足音については言い分けようが無い。
小和香様が渋ーい顔をしながら、そう一言主の名を呼ぶのだが、当の本人は素知らぬ顔をして、流れでごまかそうとしているのだった。
その和香様、今日のお召し物がまた何とも素晴らしい。この神社の年初の行事を果たす事も有り、然も筆頭の御祭神とあって、まさに息を飲むような美しいお姿なのだった。
一見十二単を彷彿とさせる、目も綾な金銀朱の素晴らしい神衣装を身に纏い、しゃなりと歩かれる姿はさすが最高神よと、おもわず溜息が出てしまうようなお姿だった。
その和香様に「明けましておめでとう御座います」と年初の挨拶を申し上げながら、すっと近寄りその背後に回る節子。
一体そこで何事がと、小和香様だけで無く、和香様までもが節子の動きを追うのだった。するとその節子、するりと和香様の後ろに回ると、まくれ上がった衣装をそっと下に降ろすのだった。
「わわわっ、うちとしたことが……」
そこにはこれ以上無いくらいに赤面した和香様が出来上がるのだった。
「和香様、先程のように走ってこられるからそのようなことに…」
小和香様、大きな溜息を吐いたかと思うと、苦虫でもかみつぶしたかのような顔で小言を垂れる。
まったく小和香様で無くとも頭を抱えたくもなろうという物だった。
だが雨子様、そんな和香様のことを見ながら、僅かに小首を傾げつつ聞くのだった。
「何か有ったのかえ?」
雨子様に単刀直入に聞かれた和香様、思わず頭を掻こうとして固まる。
綺麗にまとめ上げられた御髪を乱せば、また小和香様に愚痴られるに違いないのだった。
「まあそうやねん」
そう言いながら皆のことを見回し、そこに笹姫の姿を在ることを認めると、小さく溜息をつきながら雨子様のことを見るのだった。
それを見た雨子様、彼女もまた溜息をつきながら仕方なしとばかりに言うのだった。
「もしやまた龍がらみかえ?」
「ご名答」
「然も…そうか、黒龍がらみか…」
黒龍という言葉が雨子様の口から出ると同時に、笹姫の身体が硬くなる。
無理も無い、彼女が、そして次郎太がとんでもない苦労を背負い込む切っ掛けになった龍なのだ。
「未だ何か有ったとまでは言えへんのやけど、些か気になるんよね」
「これはまたあの地に赴かねばならぬのかのう」
雨子様はそんなことを言いながら、冬休みとして残された日にちを指折り数えるのだった。
「それで一体どのようなことが分かって居るのじゃ?」
すると和香様、周りを少し見回した後、軽く肩を竦めると言葉を続けるのだった。
「まあ節子さんちの人らやったら、どこにも言うていかへんからええか…。雨子ちゃんからの報告とか聞いて少し気になっとったから、実を言うと黒龍が居ったと思しきとこに、幾体か小物を派遣しとってん」
「ほう…それで?」
真剣な眼差しで問いかける雨子様。笹姫も身を乗り出して聞いているのだった。
「それなんやけどね、その小物らが言うに、そこに黒龍らしきものが居ったのは確かなんや。けど今はおらへんらしい」
「どこぞにその身を移したと言うことなのかの?」
「そこがあんまり要領をえ~へんねんけど、ただな、気になること言うとるんよ」
「ええいもどかしい、早う言わぬか?」
「聞きたい?」
そう言いながら和香様は手を前に出す。
「なんじゃその手は?」
そう言う雨子様の横から、節子がひょいっと包みを和香様に手渡すのだった。
「どうぞ和香様、でも先程小和香さんが言っておられたように、これは結構匂いますから、後でお召し上がり下さいね?」
そこまで言うと節子は更に念押しするように説明するのだった。
「中には二つ入れ物が入っておりますが、一つは小和香さんの分ですからね」
節子のその言葉に、何か物言いたげな表情をする和香様、きゅっと一度目を瞑ると、包みをそのまま小和香様へと手渡す。
小和香様がその包みを持ってどこかに姿を消すと、ゆっくりとした口調で話し始める和香様なのだった。
「小物が言うには、龍以外にも何か強力な魔の物が居った形跡があるらしい」
「なんじゃと?それは聞き捨てならんぞ?」
思わず気色ばむ雨子様。次郎太から聞いた黒龍という存在だけでも、なかなかにやっかいであるのに、更にもう一体ともなれば、雨子様がそうなるのも無理からぬことなのだった。
「それで相談なんやけど…」
「無理じゃ…」
「って、うち何にも言うてへんやんか?」
「言わずとも分かる、また我と祐二で見てこいと言うのじゃろう?」
雨子様のその言葉を聞いた和香様が苦笑しながら言う。
「あ、やっぱり分かってしもうた?」
「当然じゃ、しかし言っておくが我も祐二も今の身分は高校生ぞ。それこそもっと何かの確証でも取れればともかく、今のこの段階で動けというのはちと困る」
そう言う雨子様に、頷きつつ同意する和香様なのだった。
「ほんまやなあ、雨子ちゃんはともかく、祐二君にまで迷惑は掛けられへんからなあ」
途端に和香様に詰め寄る雨子様。
「我がともかくとはどう言う言いようなのじゃ?」
「言うたかて、雨子ちゃんの場合は学業がどうこうとはならへんやん?」
「それを言うたら確かにそうではあるが…」
そう言いながら情け無さそうな表情で祐二のことを見る雨子様。
「でも雨子さんが勉強の面倒見てくれるのなら、別に僕も行っても良いですよ?」
祐二のその言葉に、一瞬雨子様は嬉しそうな表情をするのだが、直ぐに曇った顔色になってしまう。
「確かに我としては、其方が同道してくれることは何よりも嬉しいのじゃ。しかしそのためにむざむざ欠席日数を増やさせるのは何ともの…」
すると和香様、直前まで何事か考え込んでいる風だったのが、急に顔を上げると言うのだった。
「なあ雨子ちゃん。その学校を休む件なんやけれども、ちっと時間もらえるかな?少し思いついたことがあるねん。まだなるかならんか分からへんから何とも言えへんねんけど、五日の日に一遍またここに来てくれへん?その時にどうするか教えるから…」
「むぅ?五日にここに来れば良いのじゃな?」
「そうや、そしてその時にあっと言わしたるわ」
「いやはや、何を企んで居るのやら…」
と、そうやって和香様と雨子様の間で話が為されていたのだが、そこに節子が言葉を掛ける。
「でも和香様、雨子ちゃんも祐二も、余り危険な目に合わせないで下さいね?」
だがその言葉には、和香様が答えるよりも先に雨子様が答えるのだった。
「節子よ、それなら心配要らぬぞ?何せ今の祐二と来たら下手な神や龍より遙かに強いのじゃから…」
それを聞いて驚く節子。
「ええ?そうなの?」
そんな節子のぽっかりと開いた口に苦笑しながら答える祐二。
「いやぁ、僕が強いと言うよりも、文殊の爺様に貰った神威が強い?」
「そうなの?」
節子は雨子様に向かって問う。
「確かにそれはそうなのじゃが、それを使いこなして居るのは祐二なのじゃ。だから心配には及ばぬぞ?」
「まあ雨子ちゃんがそうやって太鼓判を押してくれるのなら、そりゃまあ信じるのだけれども…」
やはりそれでも一抹の不安が拭い切れない節子。普段、雨子様をして驚くような度量を示すことも有るだけに、母親としての彼女を再確認したように思う雨子様なのだった。
今日はすっかりと遅くなってしまいました。
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