表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
786/800

「宝物」

お待たせ致しました

吉村の家から、大人の足なら二、三分、子供の足でも五分と掛からないところに雨子様の本拠となる社はあった。


 そんな直ぐ近所に掃除道具を下げてのんびりとやって来た雨子様。

鎮守の森と言うには些か烏滸がましいくらいに、小さく密集した一群れの木立、それがその全てなのだった。


 少しだけ久しぶりにこの地にやって来た雨子様、思った以上に綺麗に整備されているのを見て、何だかとても感慨深い思いに満たされる。


 週末に時折暇を見て、祐二と二人で掃除しに来たりなどはしていたのだが、前回来た時に比べて、遥かに見場良く整備されているのだった。


 何よりも目につくのは、伸び放題だった木々が、綺麗に刈り揃えられていること。

余りに自由に木々が枝を伸ばしていたので、年末を迎えどうしたものかと、少し悩んでいたところなのであるが、これならば文句の付けようが無いのである。


 節子が言っていたが、近所の方達が手を入れ、適切に切り揃えてくれているというのは、間違いの無いことなのだった。


 嘗ては角のご隠居の元植木職人が手を入れていたのだが、その方はもう亡くなってしまって居る。だから恐らくその二代目が腕を振るっているのだろう。今こうして見ると、間違いなく玄人の手が入っているのが一目瞭然なのだった。


 普段ろくに参る者とて居ない、この余りに小さな神社には、既に選任された管理人も居ない。


 だからこう言った整備は、あくまで近隣の者達の善意によって行われている。であるからこそこの様な手入れがより一層、人の心の有り方を示している。本当に有り難いことなのだった。


 そうやって人の絶えざる善意を目にしながら、深い感謝の思いを胸に、目の前の小さな広場に丁寧に箒掛けをしていく雨子様。


 一掃き一掃き、掃き目の繋がりを考えながら、丁寧に掃き清めていく。

そんなに密に手を入れたとしても、風の一吹きもすれば、簡単に乱れ、手が加えられたという跡すら残らないだろう。


 それでも今この瞬間、自身の思いを込めた何かを残さなくては居られない、そんな心の有り様で箒を使うのだった。


 そうやって暫く境内を掃き清めていると、自らもまた箒を持った祐二がやって来た。どうやら七瀬宅へ米を届け終えてきたらしい。


 彼は境内に入ってくる成り、その掃き清められた地を見て目を見張る。

そんな彼もまた、何も言わずに黙したまま、雨子様同様、地に清めの文様を刻み始める。


 既に年も押し詰まったこの時期、騒々しいまでの街の活動はなりを潜め、静寂が辺りを支配している。


 閑静な住宅地の中に、飛び地のように濃く緑の有るこの地は、ねぐらを求めて小鳥たちも良く集うのだが、その声が唯一その静けさを生の世界へと蘇らせるのだった。


 自らの足跡をも消そうとするかのように、丁寧に箒掛けをしてきた二人は、やがて社の前で行き会わせる。


「済まぬの祐二…」


 感謝の思いを込めてそう祐二に声掛けする雨子様。

だが祐二は何も言わずに、ただ笑みを浮かべるだけ。だがそれだけで雨子様の胸の中には暖かな思いが広がっていく。


 振り返ると見事に掃き清められた広場が実に美しい。ここに来て初めて祐二は口を開くのだった。


「後はお社の雑巾掛けだけだね。家でバケツに水を汲んでくるよ」


「助かるのじゃ祐二、嘗ては鳥居を潜って直ぐのところに小さな井戸もあったのじゃが、危ないと言うことで今はもう塞がれ、土で覆われてしまって居る。裏手の水の染み出して居ったところも見たのじゃが、すっかりと枯れ果てて居ったは」


「へぇ、昔は井戸があったのかぁ、それは知らなかったなあ」


「うむ、祐二の産まれる前の頃の話しじゃからな?昨今街灯を設けてくれて居るようじゃが、少し前まで灯りらしい物は何も無かったからの。井戸なぞ在った日には危なくて仕方無かったのじゃ」


「そっかあ、それで埋めちゃったんだね?そう言えば未だちびだった頃、此処は夜とも成れば本当に真っ暗で、随分怖いところだと思って居たなぁ」


「そのように恐ろしいと思うて居るところに、ただ一人でやって来るのじゃから、全く以て呆れたものじゃ」


 懐かしそうにそう静かに言う雨子様。

そんな雨子様のことを見ながら、祐二もまたしみじみと思いを語るのだった。


「だってさ、あの頃はもう蜘蛛が怖くてどうしようも無くて、それをなんとかしたいという思いだけで、藁にも縋る気持ちで神様に会いに行ったんだもの」


「で、無事会えたという訳じゃな?」


 そう言うと雨子様はくすりと笑う。


「会えた会えた、あの頃はまさか彼女になってくれるなんて思ってもみなかったよ?」


 と、笑いながら祐二。対して雨子様も少し照れながら言うのだった。


「くふふ、それは我とて同じじゃ。あの小さな子供を伴侶にと思うなぞ、嘗ての我に話したらきっと吹き出してしまうと思うぞ?」


「だよね?」


 そう言いながら祐二もおかしそうに笑う、そしてふと笑いを止めると雨子様のことを見つめる。


「でも本当に雨子さんに会えて良かったって思うよ」


「それは我もじゃ…」


 嬉しそうにそう言う雨子様のことを目にした祐二は、くいっと手を伸ばすと雨子様の箒を受け取る。


「じゃあ水汲んでくるよ」


 そう言うとその場から掛け去って行く祐二。その背中を見送りながらそっと胸に手を当て、そこに在る甘く切ない疼きを、宝物のように思う雨子様なのだった。







誰にも邪魔されない二人だけの穏やかな時間

こう言うのもあって良いよねえ





いいね大歓迎!


この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ