「山」
お待たせ致しました
あっと言う間に、雲を超える高さに上り詰めていく無尽。来がけの時もそうであったように、龍気を使った完璧とも言えるような結界のお陰で、寒さを感じることも無ければ気圧差に苦労することも無かった。
ただ一つ気にかかることが有るとしたら、それは無尽の鱗の堅さくらいだろうか?
しかしそれも、各自が好みの凹みを見つけ、そこに身体を預けることで大凡解決しているのだった。
無尽自身見掛けは爬虫類なのだが、実のところ恒温動物のようで、程良い温もりでうっかりすると眠りに誘われてしまう、そんな居心地の良さもあるのだった。
見ようによっては、冬空における楽園のような無尽のおつむの上で、積み上げられた荷物の山を見ていた七瀬がぽつり言う。
「沙喜さん達本当に随分奮発してくれたのねえ…」
七瀬がそう呟くのも無理からぬところが有った。
大きな漬物の樽が二つに米袋が三つ、更には特大の風呂敷に包まれ、大量に積み上げられた角餅の山。
その餅の量の余りの多さに、沙喜の処の蓄えは大丈夫なのかと、思わず聞いてしまった令子なのだが、その沙喜曰く「十二分にある」そうな。
「本当なのか?」と雨子様が重ねて聞くと、沙喜は可笑しそうに笑いながらその顛末を話す。
何でも今回の餅つきの速さは異様だったんだそうだ。
ここらの農家の餅つきであれば皆で雑談を交え、合間に漬物や菓子をつまみ、わいわい皆で寄り合いでもやるような感じで行うのが常らしい。
それが今年の餅つきに限っては、皆が鬼気迫る気合いを込めて餅をついていたとのこと。
それは合いの手を入れる女性達の真剣さにも良く現れていた。
だがそれでも皆誰一人としてしんどそうにはせず、苦しそうにはせずに、和気藹々としてこなしていたそうだ。
そう、それは昔の小学校の音楽で良く歌われていた、「村の鍛冶屋」まるであれを彷彿させるような現場だったのだ。槌打つ響きはそのまま杵をつく音なのだった。
彼らは今回の餅つきを恐らく祭り、つまりは神事としてこなしていたのかも知れない。
今年一年の豊作を保障してくれた神様に対して、何を返せるのか?彼らなりに色々と考えてのことなのだろう。
だからこそ真剣であり、だからこそ喜びに溢れ、その成果を餅という形にしたのだろう。
その結果が今目の前に、堆くある餅という訳なのだった。
「しかしの…」
そう言いながら雨子様はしみじみとその餅の山を見つめる。
「いくら何でもこの量は多すぎるのう」
「それならさ、もうすぐ咲花様の所を通ることに成ると思うのだけれども、少しお分けしていったらどう?」
咲花様に大櫻紋の加護を頂いた祐二の提案に、同じく櫻紋の加護を頂いた七瀬と令子が、嬉しそうにうんうんと頷くのだった。
それを聞いた雨子様、それもまた良いことと思ったのか、早速に無尽に指示を出すのだった。
「済まんが無尽、往路で寄った咲花の処に、ちと寄り道してくれんかの?」
「畏まりまして御座います」
速やかに空を飛ぶ無尽、既に咲花様の領域にさしかかりつつあったので、丁度良いとばかりに、周りに雲を散らしながら次第に高度を下げていくのだった。
やがて静かに咲花様の治められる神社近くの広場に、その巨体をおろしたところ、そのことを予見されていた咲花様が、柔らかな笑みを零しながら既に待っておられるのだった。
その傍らには幾人かの神社関係者と思しき者が控えている。
「なんと嬉しい雨子様。またお寄り頂けたのですね?」
無尽の頭の下、駆け寄ってきながらそう言う咲花様、そこに祐二の手を借りながら地上に降り立つ雨子様。
「いや何の、今回は向こうで貰った物を土産として届けようと思っての。もう年も押し詰まって居る故、長居はできんのじゃ。早う帰らんと節子が我の仕事を皆やり尽くしてしまうのじゃ」
そう言って焦りの見える雨子様の様子に、咲花様は袂で口を押さえながらくすりと笑う。
「それはいけません、雨子様のお仕事が無くなってしまいます。早うお立ち願わなくてはね?」
そう言う咲花様に、大きな風呂敷を持った祐二と、七瀬と令子が歩み寄り、丁寧に頭を下げる。そして代表して祐二が声を掛けるのだった。
「咲花様、その節は大変お世話になりました」
勿論それは頂いた加護についてのことだった。
「それでこれは行った先で頂いた物なので、それを土産と称するのは恐縮なのですが、どうかお納め下さい」
そう言うと祐二は傍らに控えていた神社関係者の男性に、大きな風呂敷包みを手渡すのだった。
「でもそのためにお寄り下さったこと、それ自体が嬉しいのですよ?本当にありがとう存じます」
そう言うと咲花様は背後に控える者を手招きして呼び寄せる。
「それでまたお荷物を増やしてしまうのは申し訳無いのですが、こちらは私共からの物で御座います」
そう言うと咲花様は雨子様に丁寧に頭を下げながら言う。
「お姉様どうかお納め下さいますか?」
咲花様がそう言うと控えの者が皆、そこそこ大きな木箱を抱えて持ってくるのだった。
一瞬雨子様は「む?」というような表情をするのだが、直ぐに笑みを浮かべながら礼を言うのだった。
「これは何とも温かな心遣い、心よりの礼を言う、ありがとうなのじゃ」
雨子様はそう言うと祐二に目配せをする。彼は勿論心得たもので、木箱を運ぶ者達を引き連れて無尽へと向かい、早速その木箱を頭の上へと運び上げるのだった。
その様子を目で追っていた雨子様、静かに一人頷くと咲花様の下に歩み寄り、優しくその身を抱きしめる。
「もうじき新年じゃ、其方も息災でな?そして一つ忠告じゃ」
そう言うと声を潜める雨子様。
「恋することは見掛けほど容易くない。もし行き詰まることがあれば、遠慮無く我を頼るが良い。経験無きことでくよくよ悩むと思いが巡りすぎて毒にもなる。そうなる前に吐き出すのが一番なのじゃ。良いな?」
そう優しく諭す雨子様の言葉に、咲花様は面を桜色に染めながら、逐一うんうんと頷いて見せるのだった。
「お姉様、その御嘉言しかと心に留め置きます。そしてお姉様もまた良い年をお迎え下さいませ」
更にはその場に戻ってきた祐二と、七瀬や令子に向かっても、優しく頭を垂れると言うのだった。
「皆様の新しき年が日々、弥栄に栄えむことを、ここに心より祈り奉ります」
その真言は光と成り、響きと成り、祐二達の身体を癒やすようにふわりと包み込んでいく。全ての汚れを祓い、来る年を清々しく迎える櫻紋とはまた別の、実に暖かで柔らかい加護なのだった。
「すまぬの咲花、其方の思いの優しさ、しかと受け取った」
そう言って嬉しそうに笑う雨子様に、今一度咲花様はきゅうっとしがみつき、やがて名残惜しそうにその身を離す。
「これ以上お引き留めしては申し訳ありません、どうか恙なくお立ち下さいませ」
唇の隅を噛み、少し切なそうな咲花様に静かに頷いて見せると、くるりと踵を返し、祐二達を従え無尽の処に戻る雨子様。
そしてそのおつむの上に上がると、声を上げ手を振りながら言うのだった。
「世話になった咲花。また会えることを楽しみにして居る。そして我が言葉くれぐれも忘れるでないぞ?」
祐二達も雨子様に習って一生懸命に手を振る。
そして祐二はふと思うのだった。沙喜の処でのことと言い、咲花様の場合と言い、まみえた時間は本当に短いのに、どうしてこの様に後ろ髪引かれる思いを感じるのだろう。
どうやらそれは七瀬や令子も同じ思いであるらしい、令子は既にハンカチを引っ張り出し、七瀬は手の甲で頻りに顔を擦っている。
音も無く無尽は頭をもたげ、ふわりと空に上がって行く。
余人に見られることの無いようにと、周囲に雲を散らしていることもあり、時期に咲花様の姿は見えなくなる。
再び別れを経験し、しんみりしている祐二達を見回しながら雨子様が言うのだった。
「また会う機会もあろう。さて、帰り着いたら大掃除じゃ。休む暇は無いぞ?」
恐らくそうやって皆の沈む心を支えてくれているつもりなのだろう、雨子様の言葉が明るくあたりに響く。そこに祐二が言うのだった
「それで咲花様は、一体何をくれたのだろうね?結構な量の木箱なんだけれども…」
だがそれに対して雨子様は何も言おうとしない。だが恐らく他ごとでも考えているのだろうと思った祐二、何も考えずにその木箱の中を確かめようとする。
特に釘付けしてあるわけでも無く、それぞれ丁寧に紐で縛られているだけなのだった。
最初だけ少し苦労するのだが、やがて紐は解け、がたがたとその蓋を持ち上げる祐二なのだった。
「……!」
無言で立ち尽くす祐二、不思議に思った七瀬がその横に行き、中を見て唖然とする。
「丸餅?」
そこに在ったのは、沙喜の処で貰った大変な量の角餅を、遙かに上回るようなとんでもないような丸餅の山なのだった。
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