祐二帰還
雨子様を救いたいが為に大変な目に逢った祐二君、でも何とか無事に帰ってきます。
生き物の中には色々と冬眠するものが居る。そんな彼らが冬眠明けにどんな思いをするのかは分からない。果たして冬眠中に夢を見たりしているのだろうか?
だが長い長い眠りの中から目を覚ました時、暫くは目が覚めているのかどうか分からないような、そんな状態が続くのでは無いだろうか?
今の僕はまさしくそんな具合で、目の前に誰かが居てもそれが誰かなのか、なかなか理解出来ないで居た。
「祐二?母さんのことが分かる?」
悲しみと不安が綯い交ぜに成ったような表情をしている女性が、僕にそう話しかけて来るけれども誰?
僕のことをぎゅうっと抱きしめて震えている、この豊かな黒い髪の女性は誰?
黙ってじっと立ち尽くし、何かに耐えるように僕のことを見つめているこの年配の男性は誰?
目に大粒の涙を浮かべながら、僕の手をしっかりと握りしめているお腹の大きなこの女性は誰?
穏やかで優しそうな顔つきなのに、下げ眉毛になってぽろぽろ泣いているこの女性は誰?
色々な情報が僕の中を通り過ぎていくのだけれども、流れ行くばかりでちっとも意味が残らない。僕は一体どうしたんだろう?
僕は…そうだ、誰かを助けようとしたんだ。誰を?
「あ…?」
ゆっくりと頭の中の霧が晴れていくような、優しい日差しに照らされて、野原一面の霜が少しずつ溶けて消えていくような、不思議な感覚。
止まっていた時が静かに流れることを始め、徐々に加速していく。そして有る領域を超えると急に自分が誰で有るかという記憶が戻ってくる。そして一気に世界が色を帯び始める。音が意味を持つようになっていく。
「雨子様は?」
視点が定まり、周りがはっきり見えるようになる。母さんが間近に覗き込み、その手で柔らかく僕の顔を包んでいる。
「祐二?帰ってこれたんだね?お帰り祐二…」
そう言うと母さんははたはたと涙をこぼして自らの口を手で押さえた。漏れ出るくぐくもった泣き声。誰かの手が伸び母さんの体を引き寄せていた。
「もう大丈夫や」
安堵の吐息と共に和香様の声が聞こえてくる。
「僕は一体?」
傍らを見ると母さんと葉子ねえが手を取り合って泣いている。
「すまぬ、祐二、本当にすまぬ」
僕のことをぎゅうっと抱きしめてくれている誰かの、いや、雨子様の言葉が聞こえてくる。
「雨子様だよね?」
そう聞くと黒髪の主が顔を上げた。泣き腫らして目が真っ赤になっている、丸で昔飼っていたウサギみたい。僕は何故かそんなことを思い出していた。
「我は、我はまたそなたに命を救われた…一体どうやってこの恩に報いれば良いというのじゃ?」
雨子様が消え入りそうな声で僕にそう言う。
僕はそんな雨子様の顔にそっと手をやり、流れる涙を優しく拭った。
「恩とかどうとか…、そんなの要らないです…」
未だ一気に長く喋るのがしんどい。でも今言わなくてはいけない、僕はそう思った。
「ねえ雨子様、確かに雨子様は僕達より遙かに年上で、色々なことが出来て、そして神様なのかも知れないけれども、一人で何でも背負い込まないで下さい。孤独にならないで下さい」
雨子様は黙ったままうんうんと頷いている。
「生きていれば…良いことも悪いことも、色々一緒くたになってやってくることも有るけれど、適うなら、皆で一緒になって、頑張って、楽しんじゃいましょ」
「うむ…」
「そして雨子様も一緒に楽しみましょうよ」
そう言うと僕は再び襲ってきた、けれども暖かく優しい眠りに引っ込まれ、意識を静かに閉じるのだった。
安心したのか雨子様の頭も、ぽとんと僕の胸の上に落ちる。
「今日はこのままそっと寝かせておいて上げましょう…」
そう言う母さんの言葉を最後に、何時しか人の気配も絶え、僕と雨子様の寝息だけが残るのだった。
はてさて、お話はまた次の段階へ進んでいく・・・のかな?
雨子様の贖罪 一部改訂しました




