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天露の神  作者: ライトさん
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日常の始まり

いよいよ雨子様が祐二の生活の中に入ってきます。

 その有様がなんだかとても楽しそうだったせいか、いつの間にか僕もつられて笑っていた。


「あらあら、なんだか楽しそうね」


とは母。何時の間にやってきたのだろう、間近でこれまた楽しそうに僕らが笑うのを見ている。


「晩ご飯の支度ができたわよ、もっとも祐ちゃんにとっては朝ご飯かしら?さあさ、お腹空いたでしょう、早く席にお着きなさいな」


 その時僕は母のことを凄いと思った。こうまで不思議なことを日々の当たり前の物事のようにすんなりと受け入れている。

 一体母の頭の中はどうなっているのだろう?ちょっぴり覗いてみたいとすら思ってしまった。


 僕は席を立つと洗面所に向かった。

食事の前にはきちんと手を洗う。当たり前のことだけれども、我が家における戒律の中では最も厳しく言われるものだった。

 いやまあ、いたずら盛りの男の子がいれば当たり前のことか?一端外に出かけるや、何を触ってくるのか分からないのだから。


 ふと後ろを見るとちょこなんと雨子様もついて来ている。しかしこれからなにをするのか分かっているのだろうか?


「雨子様?」


僕がそう言うと雨子様は屈託のない笑顔で返事してきた。


「ん、何じゃ祐二?」


そこで僕は洗面台の方を指差して言った。


「お先にどうぞ」


雨子様は怪訝な顔をしている。


「先にとは何じゃ?これから食事をするのではないのか?」


「うん、そうなんだけれども食事の前には手を洗わないとね」


「手?何故じゃ?」


「食事の前に手を綺麗にするんだよ」


 様々な情報を山の様に勝手に僕から仕入れていたのに、こういう日常のことは抜けているのだから、有る意味そこが神様らしいと言えるのか?


「何故じゃ?我はいつも綺麗じゃぞ?」


僕はまじまじと雨子様のことを見つめた。


「雨子様はもしかして手を洗ったことがない?」


「うむ、我らは普段汚れることが無いからの」


 確かに雨子様は神様だ。だから通常は汚れとは無縁なのは分かる。しかし今は人の姿を顕現しているのだからそうは行かないのじゃないか?

 そう考えたのだけれども確かめようがなかった。


「ともかく僕の家の習慣では食事の前には手を洗うのです」


雨子様は暫く目をぱちくりとさせていたけれども、やがて得心したのかうなずいた。


「うむ、習慣とあらば仕方ないの。そう言えば神社の入り口で参拝にきた者達がいつも手を洗っておった。汚れてもいないのにどうしてと思っていたのじゃが、きっとあれも習慣なのであろうな」


 僕は思わず吹き出してしまった。

人間としては神様への敬意から、不浄なものを持ち込むまいと手を洗うのだろうけれど、神様の目から見たらこんなものなのか。

 だが実際の障害はもっと別のところにあった。


 お先にどうぞと雨子様に場所を譲ったものの、雨子様は蛇口まで全く手が届かないのだった。考えてみれば当たり前のこと、人形サイズなのだから無理もない。しかし気軽に抱え上げて手を洗わせても良いものだろうか?


 いくら小さな神社の神様とは言え神様は神様だ。そんなに気軽に抱えて良いとは思えない。もっともさっきはそんな神様を抱きしめてしまったのだが…。

 どうするべきか悪戦苦闘して考えている僕に対して、答えは実に簡単にもたらされた。


「ふむ、これでは小さすぎて役にたたんの」


 目の前に聳えている洗面台と、自らの小さな手を交互に見つめていた雨子様は小さな声でそう言ったかと思うと、急に光り始めた。


「眩し…」


 いきなりのことで顔を背けることも出来なかった。おかげで目の前に陰のような残像が焼き付いている。


 だが少し経つうちに残像からはみ出すようにして人影のような物が見え始めた。これは一体?僕は視力の一刻も早い回復を願いつつ、しきりに目をさすった。

 やがて時とともに色濃く残っていた残像も消えていき、目の前の人影がはっきりと見えるようになってきた。


 それは人形大の姿から、普通の人間の大きさへとすっかり変化した雨子様の姿だった。

そしてサイズが大きくなった分、色々なことが見て取れる様になった。


 年格好は僕とそう変わらないくらいで女の子の平均としては少し小柄か。艶々とした黒髪は驚くほど綺麗で、肌は透けるように白い。黒目がちな瞳はきらきらとしていて…いやはやこれ以上見ていると、目の毒になりそうだった。


 だが僕にはそんな雨子様に見とれている暇は与えられなかった。


「祐二、これを回せば水がでるのじゃな?」


雨子様はカランに手をかけながらそう僕に問いかけてきた。


「え?はい、そうです。そしてこれが石鹸」


僕はそう言いながらポンプ式のディスペンサーを指差して見せた。


「石鹸?」


 これもまた僕の心から取りこぼされた情報だったようだ。

そこで僕は雨子様の横からそっと手を伸ばすとまず水を出し、濡らした手に石鹸を取ると全体に擦りつけながら洗って見せた。


「むぅ、左様にして洗うのか」


雨子様は喜々として自分も手を洗い始めた。


「雨子様、袖、袖!」


雨子様は和服姿の袖のことなど丸でお構いなしに無造作に手を洗おうとしている。


「おお、そうじゃな。気をつけんと濡れてしまう」


 僕は丸で召使いか何かのように雨子様の袖を捧げ持っている状態だった。なんだか小さな子供の世話をしているようでもあった。


 雨子様は洗い終わった手を僕がして見せたようにタオルで綺麗に拭っている。そして洗い終わった自分の手をしげしげと見ながら言った。


「うむ、なにやらよい香りがするの」


 僕はそんな雨子様の様を見ながらふと浮かんだ質問を口にした。


「雨子様はその…ご自身の体を持って居られたことは無かったのですか?」


きょとんとした雨子様は言った。


「むぅ?気になるかや?」


「そりゃあまあ、なるかならないかと言われれば、なります」


 雨子様はそんな僕のなんだかよく分からない答えにくすりと笑い声を漏らした。


「かつて我らも普通に体を持っていた種族であったことは言ったとおりじゃ。もっとも我はその時代から生きているわけではない。あくまで種族の記憶として伝えられているから知っているだけのこと。もちろんその姿を再現することもできるが…」


そう言いながら僕のことをちらりとみた。しばしの間沈黙が続く。


「やめじゃ、そなたら人は、まだ自らの姿と異なるものをうまく受け入れられんからな。例えどんな姿形をしていても我は我なのじゃがな。それにな…」


そう言うと雨子様はにっこりと笑った。


「この体はの、かつて我が頻繁に人の前に姿を現すときに使って居ったものの一つなのじゃが、実は存外に気に入っておるのじゃ」


 こぼれる笑みが実に眩しい。多分雨子様の言っていることはその通りなのだろう。だがふと気になる言葉があった。

 一つって言っていたけれども、と言うことは他にも色々な体があるのだろうか?


「まだなの?お料理が冷めちゃうわよ?」


ダイニングの方から母の声が聞こえてくる。そろそろ戻らないとご機嫌斜めになってしまう。


「行きましょうか、雨子様」


「うむ」


 僕たちは急いで母の元に向かった。まず僕が先に立ち、次に雨子様。自然僕はわくわくしている。どうしてって?もちろん今の雨子様を見た時の母の表情が楽しみで。


「もう、なにをのんびりしているのかしらね…」


 母の言葉はそれ以上続かなかった。だがそれは僕の期待していた驚きの表情ではなく、むしろ大喜びと言った方が近いだろう。


「まあまあ、雨子様ったら大きくなられたのね?でもなんとお可愛らしい」


 僕は明らかに母の動向を見誤っている。しかし考えて見ればなんと言うこともないではないか。そう、あれほど簡単に雨子様の存在を受け入れられる母で有れば、これくらいの変化が一体何だと言うのだろう。


 僕は改めて母の凄さ?(もしくは天然さ?)を知った気がした。

因みに用意されていた食事の内容は、いつもの夕食とは比較にならない程ゴージャスなものだった。


 おそらくは母は母なりに雨子様が僕を救ってくれたという事に深く感謝しているのだろう。


 雨子様は出されたものは何でも美味しそうに平らげ、ご機嫌だった。母は母で葉子ねえが嫁いで寂しいとこぼしていたので、この降って湧いたように現れた雨子様と言う存在がとても嬉しいらしい。


 なんやかやと楽しそうに話しかけて母は、雨子様を圧倒していた。でも雨子様はそれもまたまんざらではなかったらしい、実に嬉しそうに母と話をしていた。


「ごちそうさま」


 食事を終えた僕は部屋に戻った。そんな僕の後から雨子様が当然の様についてくる。

雨子様の姿を見送る母の視線がなんとも名残惜しそうだったが、今は捨て置くこととする。


 部屋に戻った僕が椅子に腰掛けると、雨子様はちょこなんとベッドの端っこに腰掛けた。


「一つ言い忘れておった」


とは雨子様。


「我は祐二からエネルギー…精を分けてもらって、何とかこのように普通に存在出来るようにはなった。じゃがの、それはあくまで最低限の量の話じゃ。まだまだ祐二に精を分けてもらわねばおぼつかぬ」


 僕は黙ってさらに説明してくれるのを待った。


「故に我は出来る限りそなたの側に居ることにする」


僕はぎょっとして思わず聞いてしまった。


「で、出来る限りって一体どれくらい?」


雨子様はそれを聞いてくすっと笑った。


「出来る限りとは出来る限りじゃ。一応そなたの母御にはその許可をもらって居るがの」


僕は目を剥いた。


「許可?」


 母は一体何時の間にそんな話を雨子様としていたのだろう?僕は成り行きの見えない話をはっきりさせるために必死になって頭を働かせた。


「でもそれでも出来る限りってどれくらい?」


 肝心なことなのでダメもとでもう一度聞いてみる。しかし雨子様の答えには取り付くしまもなかった。


「それはもう出来る限りじゃ」


 そう答えた雨子様はどこ吹く風と涼しい顔だ。

だが僕には学校生活もある。まさか学校にまで付いて来る気じゃないだろうな?


「それなら神様本来の形で居ればいいじゃないですか?かなうなら姿を消して…」


しかし雨子様はゆっくりと首を横に振った。


「だめじゃ、訳はこれからおいおい説明するつもりじゃが、だからと言ってそなたの中にずっと居候されるのはそなたが嫌であろ?」


 そう言われると僕はぐうの音も出なかった。これまでのことは最悪仕方なかったとは言え、知らないで居たからこそ耐え得たものだった。


 しかし一端知ってしまった以上、自身の存在の中に別の存在が混じっている状態など、自分で考えうる最大限の譲歩でもってしても無理な話だった。


 ふと見ると雨子様が何とも心細そうな表情をしながら僕のことを見つめている。僕の心の中でいろいろな考えがせめぎあう。僕は大きくため息を付いた。


「それで雨子様は一体どうしたいと?」


 雨子様は目を細めたかと思うとどこかほっとしたような表情になった。


「そなたの中である程度の力を付けたとは言うものの、本当のことを言うと実に心許ない。かなうならまだこうして姿を表すことなく祐二の中に居ってしかるべきじゃった」


 確かにそれは僕も思ったことだった。僕自身まだまだ雨子様と会ったことを夢のように思う部分があったのだから、それが一番無難な方法でもあったことだろう。

 それなのに何故、今のタイミングで雨子様は姿を現したのか?とても興味深い事柄だった。

雨子様はこれから人との生活に馴染んでいけるのかな?

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