「邂逅」
大変大変大変
遅くなりました・・・
里山近くの比較的開けた道とは言っても、鬱蒼とした木々が見通しを悪くし、女の身で一人歩くのはどうかと思う、そんな場所で彼らは出会った。
巫女の周りはそこだけ陽の気で満ちており、その気の波動から次郎太は何も考えること無く、彼女が龍神で有ることを知った。いや、感じたのだった。
それまで自分以外の龍神と巡り会ったことの無かった次郎太、一番最初の感情はただもう混乱だった。何がどうと言う理由も知ること無く、ただ漠然と彼女が自身と同質であることを感じたのだった。
その余りの唐突とした驚きに、目も口もまん丸に開いて呆気に取られている、そのような状態なのだった。
実を言うと巫女自身も同じくらいに驚愕していたのだが、目の前で次郎太にそこまで驚かれると、何と言えば良いのだろうか?毒気を抜かれてしまった?
お陰で彼よりも随分早く我に返り、そして相も変わらず目の前で呆気に取られたままの次郎太を見、思わずおかしくなって笑いを漏らすのだった。
だがそうやって控えめに笑いを漏らしていたのは束の間で、おそらく自身の口から零れる笑い、そのものが呼び水になってしまったのだろう。押さえられなくなった巫女は、身を二つに折りながら笑い声を上げるのだった。
だが次郎太、それだけ派手に笑われたことがかえって良かった様で、その巫女の笑い声を頼りに我を取り戻すのだった。
「私は笹姫と申します」
何とか笑いを納めることが出来た巫女は、さすがに少し気まずかったのか、自ら先んじて自身の名を明かすのだった。
その名を聞いた次郎太もまた我に返りつつ、自らの名を名乗る。
「おえは次郎太と申します」
そこまで言うと二柱は、互いにしげしげと相手を見つめるのだった。
沈黙が二人を包む。そよと吹く風が作る葉擦れの音だけが辺りを支配している。
「「あの…」」
申し合わせた訳でも無いのに同時に口を開き、声を上げた途端に動揺し、再び黙りこくってしまう。
「あの…」
今度は僅かに早く笹姫が口を開く。
その声の柔らかさにどきどきしながら次郎太が応える。
「なんで御座いますでしょう?」
またも堅くなる次郎太、緊張しているのが手に取る様に分かる。
それは別に笹姫の所為では無いのだが、性分で有るとでも言えば良いのだろうか?何だか申し訳の無い思いに満たされた笹姫は、ともあれまず話を進めることにするのだった。
「私は実は、生まれて初めて他所の龍神にお目に掛かるのですよ?」
そう言う笹姫に、可笑しそうに笑みを浮かべながら次郎太は言う。
「そうは仰いますが御身自身龍神でいらっしゃる」
次郎太にそう言われて少し顔を赤らめた笹姫、ほんの僅かに唇を尖らせながら言う。
「それはそうですが、有り体に言えば、普段人の間に交じって暮らしている間、自身のことを龍神であると思うことが殆ど無いのですもの」
笹姫のその言葉に少し首を傾げながら次郎太が言う。
「はて、それはいかにも不思議なことで御座いますね?おえが生まれた時には人の願いによりまず龍として成り立ち、その末にこの身を得ることになったのですが…」
次郎太はそうやって笹姫に説明をしながら、自身の生い立ちについて思い起こすのだった。
ところが笹姫、次郎太が当たり前だと思っていた自身の成り立ちの話を聞いて、目を丸くするのだった。
「あら、そうだったのですか?」
その言葉を聞いた次郎太の方が逆に驚く番だった。
「ええ?笹姫様は違われるのですか?」
次郎太の言葉を聞いた笹姫の目には、束の間迷いが生じるのだが、意を決したかの様にすっと息を吸い込むと話し始めるのだった。
「私、定かではありませんが、その大本は人であった様に思うのです」
「なんと、人であると?」
笹姫の言葉に立て続けに驚くことになる次郎太なのだった。
「はい、そうであった様に思います。話せば長くなるのですが、かように立ち話というのも疲れます。こちらにおいでになってお座りに成られませんか?」
そう言うと笹姫は近くにあった倒木の上に、これは良いとばかりにちょこなんと腰を掛ける。
その木が倒れたお陰か、その辺り一帯は柔らかな日差しが差し込み、日向を好む草花が競って美しい花を咲かせ、そこだけ丸で別世界の様だった。
その中央にあって、にこやかに次郎太のことを見つめている笹姫、
明るい日の光のお陰か、その緋袴が燃える様に赤く、清浄な白衣と相まってとても美しく、否が応でも笹姫の神聖さを引き出しているのだった。
さてその笹姫、美しい黒髪を紙縒りで縛って背に流し、ふっくらとしたお顔で、にっこりと次郎太に笑みを送っているのだった。
示された場所に腰を下ろすためにゆっくりと向かい、歩を進める次郎太なのであるが、その目は笹姫の顔の上に止まり、動かすことが出来ないのだった。
「次郎太様…」
顔を少し赤くしながら笹姫が言う。
「なんで御座いますでしょうか、笹姫様」
すると笹姫は少し目をそらしながら次郎太に言うのだった。
「余りそのように見つめられては恥ずかしゅう御座います」
そう言われて初めて、自分がずっと、穴の空くほど笹姫のことを見ていたことに気が付いた次郎太は、思わず立ち止まると頭を抱えてしまう。そして頭から湯気が出るほどに上気するのだった。
さてその次郎太、実は今この時こうなるまで、自らの内にある此の何か?に気が付くことが無かった。
無理も無い話である、元々次郎太は生き物ですら無かったのだから。
しかし龍としての身体を得、更に変じて人の身を以て衆世の間を旅し、誰が見ても人と寸分の差も見られない今、何故か胸の奥でざわめきの様なものを感じているのだった。
ぎゅうっと手を握りしめ、その手を胸に押し当て顔を歪ませている次郎太。
そんなこととは知らない笹姫、語れば返すと言った感じで、それ迄交互に続けられていた会話が途絶えたことで、どうしたのかと不思議に思い、次郎太の顔を見て慌てた。
「はて?次郎太様?如何為されました?」
笹姫にそう問われた次郎太、歯を食い縛り、軋る様な声で言うのだった。
「分かりません、分からないのです。ただ何と言いましょうか、胸の、この辺りの奥が何かざわついて妙なのです」
それを聞いた笹姫、癒やしの術を心得ていることもあって、即座に次郎太に申し出るのだった。
「次郎太様、よろしければ私めにお診せ下さいませんか?」
風の噂で此の笹姫が、人々の病を癒やして回っているという話は、既に何度も耳にしている次郎太、否の返事をする理由は何一つとしてなかった。
「ではお願いできますか?」
そう言うと次郎太は、ゆっくりとその頭を下げてみせるのだった。
そうやって次郎太の許しを得た笹姫は、するりと立ち上がると、早速に手を伸ばし胸に押し当てる。
「失礼!」
それまでの嫋やかで心優しい雰囲気が一変する。
凜とした気配を放ちながら、全てを見通す様な真剣な眼差しで、押し当てた手の甲を見つめる。
束の間の時が流れ、風に揺れる葉擦れの音だけが聞こえてくる。
緊張した面持ちで、笹姫の次なる動きを見守っていた次郎太、ふと和らいだその顔を見て思わず頬が緩む。
「次郎太様、特に障りの有るものは何も見られませんでした。おそらくは病などに起因するものでは無いものと思われます…」
そう言ってにっこりと笑みを浮かべる笹姫のことを見ていると、いつしか次郎太の胸のざわつきも和らぎ、薄らいでいくのだった。
「あのう、笹姫様…、おそらくあなたに診て頂いたお陰なのだと思うのですが、この胸の奥にあったざわめきの様な違和感、今は和らぎ、霧散しつつあります」
その言葉を聞いた笹姫、自分が癒やしの技を何も使って居なかった為、何故にと僅かに首を傾げながら言う。
「それはよう御座いました。けれども些か気になります。もし何かご用があるので無ければ、暫く次郎太様の御様子を拝見させて頂きとう御座います。差し支えなければ私の住まっておりまする在所までご同道頂けますでしょうか?」
元より笹姫と離れがたく思っていた次郎太、彼女の提案に二つ返事で応えてみせるのだった。
笑みを浮かべて同行を許諾する次郎太の様子に、少しばかりほっとしながら笹姫は言う。
「急な同道をお願いを致しまして申し訳御座いません。村人達の病を診る様なことをやっておりまするが故、余り勝手に住まいを空けたままには出来ないのです」
申し訳無さそうにそう説明する笹姫に、次郎太は自らの中に有った思いを口にする。
「笹姫様、おえはあなたと同じ龍神で有りながら、人を癒やす術を知りません。もし許されるならば、笹姫様のその技をお教え頂きたいのですが…」
次郎太の思いの奥底に、嘗て生活を共にした老女への思いがあったのは言うまでも無い。
と、次郎太の願いを受け取った笹姫、うんうんとばかりに大きく頷いて見せながら言うのだった。
「もちろんで御座います次郎太様。ただそれに当たっては私も一つお願いが御座います」
笹姫の心良い承諾を得た次郎太は、上機嫌で返事をする。
「ありがとう御座います笹姫様、おえに出来ることであれば何なりと仰って下さい」
そう返事を返す次郎太に、笹姫は少し悲しそうな顔をしながら言うのだった。
「恥を忍んで申し上げますが、私、龍神とは申しましても、夢の中でしか龍に変じたことが無いのです。そのせいか人を癒やすことは出来るかも知れませんが、降雨を望まれた時に、一度たりとも雨を降らせたことが御座いません。願わくはどうか私にも雨を降らすことが出来る様ご教授下さいませんでしょうか?」
笹姫のその話を聞いた次郎太は大いに驚いた。まさか龍神で有りながら雨を降らせる能が無いものなど、居るとは思わなかったからだ。
実のところ殆ど本能の様に、雨を降らせる能力を持っているからこそ龍神である訳で、その能力が無いにも拘わらず、龍神であるという笹姫の有り様は、実に不可思議なものなのだった。
だがことの成り行きはどうあれ、自分にも何らかの形で笹姫の役に立てる可能性があると知った次郎太は、嬉しそうに頷いて見せる。
「勿論ですとも笹姫様。私にもあなたに教えられることが有るというのは、実に嬉しいことです。精一杯頑張りますのでよろしくお願いいたします。」
笹姫は次郎太のその実直で、思いやりの有るその言い様に、思わず胸を熱くし、はらりと涙を零すのだった。
その涙を見て、またもざわりと胸の奥がうごめいた次郎太だったのだが、今は笹姫のことが気になってそれどころでは無いのだった。
はらはらと涙を零す笹姫に、次郎太と来たらもう手舞足舞。
何も出来ずに狼狽えるばかりなのだが、それでも笹姫、そうやって自分のことを心配してくれる様子が何とも好ましく、彼のことを見る目が自然に優しくなっていくのだった。
やがて涙を乾かした笹姫と次郎太、仲良く並んで笹姫の住いに向う。今はまだ気恥ずかしさも有るのか、どちらも言葉を発することも無く、ただ黙々と歩みを進めている。
けれどもその間に流れる沈黙は、決して冷たいものでは無く、どちらかというとほわりと暖かいものの様に感じられるのだった。
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