「碧蛟」
大変遅くなりました
「こんな時間に何かあった?」
とは勉強机の前に座っている祐二。どうやら勉強をしていた訳では無く、本を読んでいたらしい。肩越しに覗き込むと、ちらりと本の題名が見える。
『知性化戦争・下巻』とそこには書いてある。ディビット・ブリンと言う作家の作品で、祐二が大好きなものの一つなのだった。
何度も何度も読み返しているものだから、本の背表紙がもうすり切れている。
そこにメンディングのテープを貼って修理はしてあるのだが、さて後どれくらい持たせることが出来るのだろう…。
物語は、上級種族が知性化と言うシステムを通して、数多くの下級種族を支配している銀河系を舞台としている。
太古の昔より、知性化を行ってきた種々の上級種族に影響されること無く、自ら知性化を果たした人類という鬼子の種族が、敵対種族を向こうに、丁々発止の大活躍をするお話しなのだが、これが抜群に面白いのだ。
考えようによっては、正にその上級種族にも当たるであろう雨子様。かつての宝珠損失の争いのことを考えると、内心穏やかならぬところも無いでは無い。
しかしそれをさっ引いたとしても面白い、純粋に面白いのだった。
初めて祐二に、此のシリーズを手渡された時には、実際寝食も忘れて読みふけってしまった。
勿論雨子様の能力を持ってすれば、この程度の厚みの書籍など、秒も掛からずにその全情報を取り入れることが出来る。だが、それで取り入れることが出来るのは情報だけ。
自らを人化し、ごく当たり前の女性と為しつつ有る雨子様にとって、そんな読み方は詰まらないことこの上も無しである。あくまで人の思考で以て物語を追い、主人公たちの思考と時間を追体験していく。それこそ無上の体験となるのだった。
そして読み終えた時の此の達成感はどうだろう?上下巻を読み終えた時の雨子様は、その二冊の本を宝物の様に胸に抱え、祐二のところまで駆ける様にして向かったのだった。
そして祐二を前に、物語の各所で感じた思いを、無我夢中になって伝え、いつしか二人で物語の世界を駆け巡っているのだった。
大好きな人と考えや思いを重ね、二つ身でありながら一つの世界を巡って、想像の翼を広げて旅をして行く。雨子様はこれほど新鮮で、わくわくする思いを知らなかった。
勿論それは初めての物語だからこそ言えることかも知れない。けれども心の中には確かに二人で旅をした記憶が残っている。そう言うものを積み重ねれば積み重ねるほどに、雨子様は祐二との一体感を深く感じる様に思うのだった。
さて余談はさておき、雨子様は静かに来訪の目的を語るのだった。
「うむ、祐二よ、例の龍の意識が目覚めた様なのじゃ」
少し眠そうだった祐二の目が僅かに見開かれる。
「それってもしかして瀬織姫様の所の?」
「そうじゃ。つい先ほどお母さんに連れて来られた無尽が、部屋で待っておる」
「ん、分かった」
祐二はそう言うと早速席を立つのだった。そして雨子様の後を付いてその部屋へと向かう。
「お邪魔します」
祐二はそう言うと雨子様の部屋に入る。
此の部屋は元々彼の姉である葉子の部屋だった。彼女は既に他家に嫁ぎ、主の居ない部屋はそのままの状態にしておかれたのだが、今は雨子様が自室として使っている。
不思議なもので家具の配置などは全くそのまま、カーテンやラグなども元有ったまま使用しているのだが、部屋の主が変わるだけでなんとなくではあるが、その色合いや雰囲気が変化してくる。
そして何よりも顕著なのは、香りなのかも知れない。
葉子が住んで居た時には、微かに甘い花の香りの様なものがしていたのであるが、雨子様の住んでいる今は、どこか甘さの中にフレッシュな緑の香りの様なものが混じっている。
葉子の場合は間違いなく化粧品の香りだった。しかし雨子様に於いては一体何がそんな香りを醸し出しているのだろう?いつも不思議に思う祐二なのだった。
雨子様に続き部屋に入った祐二は、ベッドの前の宙にとぐろを巻いて浮かんでいる無尽の姿に気が付いたのだった。
祐二の姿に気が付いた無尽は無言のまま丁寧に頭を下げてみせる。
雨子様は部屋に戻るとベッドの枕側に座り、自分の隣をぽんぽんと手で叩き、此処に座れと意思を示す。
言われるがまま隣に座ると、ひょいと位置をずらせて密着する様にしてくる雨子様。
その身体からは微かな熱気と共に、先ほどの香りがゆらりと漂ってくるのだった。
「待たせたの無尽」
「とんでも御座いません、雨子様」
そう言う無尽に雨子様は微かに笑みを浮かべてみせる。
「それで、意識が目覚めたとか言うて居ったがどうなのじゃ?」
雨子様の言葉を聞いた無尽は、束の間うねる様な動きをしたかと思うと、首回りの鱗を逆立てる。
するとその鱗の下から、無尽自身より幾分明るい青みがかった緑の、丸でミミズの様な何かが、にょろりと這い出してくるのだった。
「碧蛟かの…」
そのようなことを呟いている雨子様なのだが、祐二には分からないことなのだった。
そしてその存在はふわりと宙を漂うと、やがてに無尽の頭の上を居場所と定め、くるりととぐろを巻くのだった。
「初めまして、おえは次郎太申します」
それは、新たな物語の始まりを示す言葉なのだった。
時間が無くとも沢山書けることもあれば、
時間が沢山有っても書けないこともある。
今日は後者だったなあ(^^ゞ
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